平家の神子

3、平家の面々

「譲くん、どこにいるんだろう……」

濡れ縁の勾欄に身を乗り出しながら、夜空に輝く星を見上げ望美がため息をつく。
怨霊に追われ、逃げ込んだ邸の主に助けられた望美と将臣は、その好意に甘えて身を置かせてもらっていた。 着るものも家も、何もかもが違うこの世界が自分たちがいた世界とは異なるものだと認識した二人だったが、どうしてこの世界にきてしまったのかがわからず、正直途方に暮れていた。 どうすれば帰れるのか、見当もつかなかった。
とりあえず急ぎしなくてはならないことといえば、あのおかしな空間で共に流されたもう一人の幼馴染・譲を探すこと。 あれからも近くを探してみたり、邸の人に聞いたりしたが、誰ひとり譲を見た者はいなかった。

「譲くんはこの世界に来てないのなら、その方がいいけど……」

当たり前のように怨霊がいる世界。そんなところに一人放り出されていると思うといてもたってもいられず、望美は衝動的に立ち上がった――が。

「わっ!」

たまたま通りかかった誰かとぶつかり尻餅をついた望美は、痛みに顔をしかめながら傍らの人を見あげた。 そこにいたのは、直衣と呼ばれるこの時代の正装の見目麗しい銀髪の男。

「……お前が父上が言っていた客人か……」
「あ、はい。春日望美です」

無遠慮に上から下まで舐めるように見た男は、急に興味を失ったように背を向けた。
そのまま無言で立ち去る男を、別の声が呼び止める。

「――兄上、お待ちください! ああ、行ってしまわれた。――っ、あなたは……」

新たに現れた男は目を見開くとおもむろに近寄り、望美の手を取った。

(え? わわっ……ち、近い!)

いきなりの至近距離、目の前の男は先程望美がぶつかった相手と瓜二つの相貌をしていた。

「何と美しい方。宵闇の中にありながら優しく輝き、私の目を奪う……。あなたは、今宵の月が見せる幻なのでしょうか? それとも、月の都に住まうと言われるかの姫君……?」

すらすらと口から飛び出る口説き文句に、望美は呆然と相手を見つめた。

「いずれにせよ、姫、これが儚い夢ではないのだと教えてくださいませんか。どうか、今宵あなたに触れることを許してほしい……」

そのまま抱き寄せられそうになり、望美は慌てて腕を突っ張り、距離をとった。

「お兄さんを追っていたんじゃないの!?」
「兄上? ……ああ、わかりました。姫を恋うものに課せられる難きことならば、必ず果たしてみせましょう。ですが、姫。どうか、その時こそお覚悟を――」

名残惜しげに望美の手を離した男は、甘い囁きを残し立ち去った。

「び、びっくりした……」

力の抜けた足に、望美はへたりとその場に座り込む。
と、またしても足音が耳に届いた。

(また、誰か来る! 今度はいったい誰!?)

身構える望美に、渡殿を歩いてきた少年は、立ち止まると躊躇いがちに声をかけてきた。

「あなたが伯父上の仰っていた方だろうか?」
「伯父上?」
「ああ。伯父上が招かれた客人というのは、あなただろうか?」
「こちらにお世話になっています、春日望美です」

ぺこりと頭を下げると、少年はホッとしたように肩をおろす。

「会えてよかった。あなたを探していた」
「え、私を? ……どうしてですか?」

先程の男とのやり取りを思い出し、望美がわずかに警戒する。

「もうすぐ、月見の宴が始まる。みな、集まるようにと伯父上が。知盛殿と、重衝殿は先程帰られたようだったが……」
「さっきの銀髪の人たちですか? それなら二人とも行ってしまいました」
「そうか。もう一人の客人もすでにあちらに。あなたも、伯父上がお待ちだ。……今宵は美しい月夜。月見の宴にはいい夜だと思う」

紫の髪の少年・敦盛に促され立ち上がると、並んで宴の席に向かった。

 * *

敦盛に連れられた望美は、清盛が催す月見の宴へと参加していた。
彼らの後ろでは、敦盛や彼の兄である経正を始めとして、平家の人々が笛や琵琶などの楽を奏でていた。 どうやら清盛は、一門の者たちと飲んだり楽を奏でたりするのが好きなようであった。

「この時代の人って優雅だよね」
「お前もなんかやってみるか?」
「何かって?」
「楽器……は無理だろうから、歌でも歌うか?」
「浜崎あゆみとか?」
「……そりゃまずいだろ」
「だよね」

顔を見合わせ吹き出すと、月に視線を移した望美がわずかに顔を曇らせた。

「大丈夫だ。きっと見つかるさ。あいつは俺の弟だからな」
「将臣くん……」

根拠のない自信に、それでも安堵が湧き上がる。将臣が一緒にいてくれるならばきっと見つけられるはず。 そう信じられて、望美はとん……と将臣の肩にもたれかかった。

→次話を読む

Index menu