平家の神子

4、鬼

平家一門は武士の一族らしく、物心つく頃には男は剣をもつことが当たり前とされており、清盛について時々上京することがある将臣も暇つぶしと護身を兼ね、剣を習うようになった。 それならばと望美も手を挙げたが、とんでもないとこぞって女房たちに首を振られた。基本的にこの時代では、ある程度の身分を持つ女性は邸の奥で過ごすもので、人に顔を簡単に見せてはならないらしい。
しかし現代っ子である望美がそのように大人しくしていられるわけもなく、こっそり剣を持ち出して一人鍛錬をするようになった。 だが武道の心得がなく、また指導するものもないとあってはただ力任せに振り回しているだけ。

「…………ッ」

掌の痛みに顔をしかめた瞬間、目の前に見知らぬ男が立っていた。

「神子、手を見せなさい」
「え?」

突然のことに驚き、相手をまじまじと見つめる。望美よりはるかに背の高い、金色の髪の男は独特な衣を着ていて、顔を布で覆ってる様はこの世界では見たことのないものだった。

「手を」
「あ、はい」

端的な言葉に反射的に手を差し出た望美に、金髪の男はその手を見るとわずかに眉を歪めた。

「手が赤くなっている。剣の柄を強く握りすぎてはいけない」

確かに彼が言うように、望美の掌は赤くなっていた。

「葉を空で掴んでみなさい」
「この落ちてくる葉を? ……よっ、こら、逃げるなっ」

突然の命に驚きつつも、辺りに舞い落ちる葉を掴もうと手を伸ばす。
しかし、予測がつかない葉の動きに、一つも掴むことは出来なかった。

「手のひらを上に向け、葉が落ちてくるのを待ってみなさい」

男の言う通りに、今度は無理につかもうとせずただじっと手のひらを上に向けると、先程いくらやっても掴めなかった落ち葉は、あっさりと望美の手のひらにのった。

「風を感じ、心を風に寄り添わせれば、葉を受け掴まえられる」
「心を風に寄り添わせる…?」
「考えるのではない。風を……葉を、お前を包み繋がる万象を感じるのだ。風はお前の中にあり、星はお前の上にあり、地はお前の下にある」

謎かけのような言葉に望美が混乱していると、静かに剣を抜いた男が、綺麗な軌跡を描いて葉を断った。

「すごい!」
「花断ちという。神子ならば習得することができる」
「本当ですか!?」
「お前が断つのは葉にあらず。お前は己の剣の夢を見るか。己が振るう力の夢を」
「私の剣の……夢?」
「お前はただ信じたいものを信じ、行いたいことを行いなさい。それがお前の道を拓く。白は無垢の象徴、そして無の象徴でもある。お前は何者でもなく、そして世界のすべてだ」
「どういうことですか? ――本当にあなたは誰なの?」

まるでこの先の望美の未来を知る占者のような言葉を紡ぐ。

「リズヴァーン。私はお前の影だ」
「影……?」
「影に目を落とすな。前を、拓くべき道を、未来を見つめるのだ。そのための力を……剣をお前は持っている」

言うや、消えたリズヴァーンに、望美が慌ててその姿を探す。

「待ってくださいっ! ……誰もいない…現れた時と同じで急に……。まさか夢じゃないよね……」

一人木枯らしにふかれながら、望美は幻に捕らわれたかのように、呆然とその場に立ち尽くしていた。

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