平家の神子

5、敦盛の正体

それは突然の出来事だった。
将臣と共に渡殿を歩いていた望美は、庭にうずくまる敦盛に慌てて駆け寄った。

「ぐ……がぁ……くっ……」
「敦盛さんっ? 苦しいんですか? 将臣くん、誰か呼んできて」

苦しげに呻く敦盛に、望美が将臣に声をかけた瞬間、将臣の首に紫に変色した指が絡まった。

「……くっ……」
「敦盛、やめるんだ!」

異変を察し、やってきた経正の声にも、しかし敦盛が指を緩めることはなく、将臣は苦しげに顔を歪めた。

「敦盛さん、やめてっ!将臣くんが死んじゃうよ……っ!!」

望美が叫んだ途端、辺りが眩い光に包まれた。

「これは……」
「ぐ……ぎ……あぁ……あ?」

ぎりぎりと将臣を締め上げていた敦盛の動きが止まる。
緩んだ指にどさりと床に投げ出された将臣に、望美は慌てて駆け寄った。

「大丈夫!? 将臣くんっ!!」
「げほっ……あ、ああ……」

苦しげに顔をしかめつつも頷いた将臣に、望美がホッと安堵する。

「……将臣殿……」
「敦盛……」
「……私はなんと言うことを……っ」

自分の身体をぎゅっと抱き、苦しげに顔をゆがめる敦盛に、望美は戸惑いながら問うた。

「敦盛さん、あなたは……?」
「私は……怨霊だ」
「おん……りょう?」

敦盛の言葉に驚愕する望美に、経正が弟を庇うように言を引き継ぐ。

「……病で死した敦盛を嘆いた私たちの父・経盛が、禁呪を用いて黄泉より呼び戻したのです。しかし、敦盛は生前と同じく蘇ることは叶わなかったのです……」

息子のあまりにも早すぎる死を嘆き、神器を用いて死反を行った父・経盛。
しかし、敦盛は生者ではなく、怨霊として蘇ってしまったのである。

「怨霊の性が時に暴れ、時にこのような振る舞いを……」
「将臣殿、申し訳ありません……っ」
「気にすんなって」

うなだれる敦盛に、将臣が励ますようにその肩をぽんぽんと叩く。
涙をこぼす弟を気遣いながら、経正は望美を振り仰いだ。

「望美殿。先ほどのあの光は……?」
「私にも分からないんです。ただ、無我夢中で……」
「そういえばお前、前にもこんな光発して、化け物を封じたことあったよな?」
「あなたはもしや、古い伝承に描かれている龍神の神子なのでは――?」
「龍神の神子?」

経正の言葉に、望美は首を傾げた。

「京にはずっと語り継がれている伝承があります。京に災いが起きし時、異界より召還された神子が、この世界を救う……と。そして応龍の半身である、白龍が選びし神子には、怨霊を封じる力があると言われているのです」

先程、怨霊の性に踊らされた敦盛の暴走を抑えた清浄な光。

「あなたは怨霊を鎮め、封じる力をお持ちなのでしょう」

頭をたれ、敬意を表す経正に、望美は戸惑いながら彼を見た。

 * *

この日の出来事は清盛の耳にも入り、望美は伝承の中の龍神の神子と、諸手を上げて喜ばれた。 ひそかに手にした黒龍の逆鱗と、龍神の神子。 平家一門をさらに強固にする存在を得て、清盛の野心はますます膨らんでいた。
しかし突然与えられたその称号は、ただただ望美を戸惑らせた。

「どうすればいいんだろう……」

この世界に来て使えるようになった不思議な力。
それは龍神に選ばれた神子のみが使える力だと、経正は言った。
しかし龍神に選ばれたと言われても、会ったこともないものをどうして信じられよう?

「……神子」
「敦盛さん?」

宵闇の中から現れた敦盛に、望美はそっとその手にはめられた鎖を見た。
それは彼が自らつけた、鉄の枷。 怨霊となって荒れ狂うのを戒めるため、自らを枷に縛りつけた敦盛を見るのは痛々しかった。

「すまない……私のせいで、あなたをそのように悩ませているのだな」
「そんなこと……敦盛さんのせいじゃないです」

否定するが敦盛の暴走がきっかけであったことは明らかで、その顔は悲しみに染められていた。

「私を……封印してくれないだろか」
「…………っ!!」
「私は人の理から外れる身。本来在らざるものだ」
「そんなの……っ」

望美の言葉は、しかし敦盛の悲しげな瞳に遮られる。

「どうか私を……この穢れた呪わしい身を浄化して欲しい」

真剣なまなざしが敦盛が本気で願っていることを裏付けて、望美は言葉を発することも出来なかった。

「いけないよ」

場を割る穏やかな声に、二人は弾かれたようにその人を見た。

「経正さん」
「兄上……」
「敦盛、神子殿にそのようなことを願ってはいけないよ。伯父上は一門のものを愛しておられる。その一門のものを神子殿が封印したとなれば……わかるね?」
「………!!」

兄の言葉にハッと顔を強張らせると、敦盛は力なく肩をおろした。

「……私が浅はかでした。愚かなる行いを止めてくださり、ありがとうございました。兄上」

きゅっと眉を寄せ、俯く敦盛を、経正が優しく見る。

「お前は私が守る。だから、そのように自分の身を粗末にしないでくれ」
「兄上……っ」

涙を落とす敦盛と、それを優しく受けとめる経正に、望美の瞳からも涙が一筋流れ落ちた。

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