それは突然の出来事だった。
将臣と共に渡殿を歩いていた望美は、庭にうずくまる敦盛に慌てて駆け寄った。
「ぐ……がぁ……くっ……」
「敦盛さんっ? 苦しいんですか? 将臣くん、誰か呼んできて」
苦しげに呻く敦盛に、望美が将臣に声をかけた瞬間、将臣の首に紫に変色した指が絡まった。
「……くっ……」
「敦盛、やめるんだ!」
異変を察し、やってきた経正の声にも、しかし敦盛が指を緩めることはなく、将臣は苦しげに顔を歪めた。
「敦盛さん、やめてっ!将臣くんが死んじゃうよ……っ!!」
望美が叫んだ途端、辺りが眩い光に包まれた。
「これは……」
「ぐ……ぎ……あぁ……あ?」
ぎりぎりと将臣を締め上げていた敦盛の動きが止まる。
緩んだ指にどさりと床に投げ出された将臣に、望美は慌てて駆け寄った。
「大丈夫!? 将臣くんっ!!」
「げほっ……あ、ああ……」
苦しげに顔をしかめつつも頷いた将臣に、望美がホッと安堵する。
「……将臣殿……」
「敦盛……」
「……私はなんと言うことを……っ」
自分の身体をぎゅっと抱き、苦しげに顔をゆがめる敦盛に、望美は戸惑いながら問うた。
「敦盛さん、あなたは……?」
「私は……怨霊だ」
「おん……りょう?」
敦盛の言葉に驚愕する望美に、経正が弟を庇うように言を引き継ぐ。
「……病で死した敦盛を嘆いた私たちの父・経盛が、禁呪を用いて黄泉より呼び戻したのです。しかし、敦盛は生前と同じく蘇ることは叶わなかったのです……」
息子のあまりにも早すぎる死を嘆き、神器を用いて死反を行った父・経盛。
しかし、敦盛は生者ではなく、怨霊として蘇ってしまったのである。
「怨霊の性が時に暴れ、時にこのような振る舞いを……」
「将臣殿、申し訳ありません……っ」
「気にすんなって」
うなだれる敦盛に、将臣が励ますようにその肩をぽんぽんと叩く。
涙をこぼす弟を気遣いながら、経正は望美を振り仰いだ。
「望美殿。先ほどのあの光は……?」
「私にも分からないんです。ただ、無我夢中で……」
「そういえばお前、前にもこんな光発して、化け物を封じたことあったよな?」
「あなたはもしや、古い伝承に描かれている龍神の神子なのでは――?」
「龍神の神子?」
経正の言葉に、望美は首を傾げた。
「京にはずっと語り継がれている伝承があります。京に災いが起きし時、異界より召還された神子が、この世界を救う……と。そして応龍の半身である、白龍が選びし神子には、怨霊を封じる力があると言われているのです」
先程、怨霊の性に踊らされた敦盛の暴走を抑えた清浄な光。
「あなたは怨霊を鎮め、封じる力をお持ちなのでしょう」
頭をたれ、敬意を表す経正に、望美は戸惑いながら彼を見た。
* *
この日の出来事は清盛の耳にも入り、望美は伝承の中の龍神の神子と、諸手を上げて喜ばれた。
ひそかに手にした黒龍の逆鱗と、龍神の神子。
平家一門をさらに強固にする存在を得て、清盛の野心はますます膨らんでいた。
しかし突然与えられたその称号は、ただただ望美を戸惑らせた。
「どうすればいいんだろう……」
この世界に来て使えるようになった不思議な力。
それは龍神に選ばれた神子のみが使える力だと、経正は言った。
しかし龍神に選ばれたと言われても、会ったこともないものをどうして信じられよう?
「……神子」
「敦盛さん?」
宵闇の中から現れた敦盛に、望美はそっとその手にはめられた鎖を見た。
それは彼が自らつけた、鉄の枷。
怨霊となって荒れ狂うのを戒めるため、自らを枷に縛りつけた敦盛を見るのは痛々しかった。
「すまない……私のせいで、あなたをそのように悩ませているのだな」
「そんなこと……敦盛さんのせいじゃないです」
否定するが敦盛の暴走がきっかけであったことは明らかで、その顔は悲しみに染められていた。
「私を……封印してくれないだろか」
「…………っ!!」
「私は人の理から外れる身。本来在らざるものだ」
「そんなの……っ」
望美の言葉は、しかし敦盛の悲しげな瞳に遮られる。
「どうか私を……この穢れた呪わしい身を浄化して欲しい」
真剣なまなざしが敦盛が本気で願っていることを裏付けて、望美は言葉を発することも出来なかった。
「いけないよ」
場を割る穏やかな声に、二人は弾かれたようにその人を見た。
「経正さん」
「兄上……」
「敦盛、神子殿にそのようなことを願ってはいけないよ。伯父上は一門のものを愛しておられる。その一門のものを神子殿が封印したとなれば……わかるね?」
「………!!」
兄の言葉にハッと顔を強張らせると、敦盛は力なく肩をおろした。
「……私が浅はかでした。愚かなる行いを止めてくださり、ありがとうございました。兄上」
きゅっと眉を寄せ、俯く敦盛を、経正が優しく見る。
「お前は私が守る。だから、そのように自分の身を粗末にしないでくれ」
「兄上……っ」
涙を落とす敦盛と、それを優しく受けとめる経正に、望美の瞳からも涙が一筋流れ落ちた。
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