
この小説は、罪の華END後設定の秀吉×ほたるです。 罪の華のネタバレを含みますので、未PLAYの方はご注意ください。
また、設定上ほの暗さと切なさがつきまといます。
「ほたる!」
「秀吉殿……よかった……ご無事ですね」
「血止めを急げ! ……くそっ、傷が深い……っ」
止血の処理をしながら、負った傷の深さに秀吉が顔を歪めると、ほたるが力なく微笑む。
「私の罪は一生かけて秀吉殿に尽くしても償えぬもの……。たとえあなたの目に再び光が戻っても、あなたが私を許しても、決して消えはしないのです。だから、あなたが私に謝る必要などありません」
「もうしゃべるな! 薬師はまだか!?」
傷口に当てた布が見るみる紅に染まっていく。それは秀吉が犯した罪故。
自らの欲からほたるを縛り、その羽をもいで手元に置いた。
鳥籠に囚われた小鳥は、躊躇うことなくその身を盾にした。――罪の意識という鎖に囚われて。
「……あなたは…陽の光が似合う方……もう二度と失わせたく……ない……」
「ほたる? おい……!」
伸ばされた手を掴むと、途切れた意識に秀吉が目を剥く。
そのまま、ほたるの意識は闇に飲まれた。
* *
あの日から毎夜繰り返し見る、ほたるの罪。
光秀の命に揺れ惑う心を見抜かれ、操られ――安土に害をもたらした。
眼前に広がる紅蓮の炎。
信長や皆の夢を奪うその炎は、秀吉の目を焼き、光を失わせた。
(秀吉殿!)
ほたるのたくらみに気づき、真っ先に異変を察して駆けつけた秀吉。
(お願いです、来ないでください。このままでは、あなたが……)
その先の悲劇を知るからこそ、ほたるの心は悲鳴を上げる。
けれどもどんなに嘆こうと、これはすでに過去に起こってしまった出来事。
どんなに願っても、時間を巻き戻すことはできないから。
炎に包まれる秀吉に、ほたるは叫びながら腕を伸ばした。
「―――っほたる!」
掴まれた手の感触が、意識を揺さぶる。
この手は大切な人の手。
あたたかくて、優しくて、ほたるをほたるとして見てくれたかけがえのない人の手。
「……秀吉……殿?」
「意識が戻ったな……」
良かったと、声を震わせる姿に、夢か現かほたるが惑う。
「俺のことがわかるか?」
「…はい……」
「傷は痛むか?」
「傷?」
問われ、自分の状況に意識を向けた瞬間、先の出来事を思い出した。
「秀吉殿、お怪我は……っつ!」
「俺は何ともない。……お前が守ってくれたからな」
「良かった……」
自らが瀕死の傷を負いながらも秀吉の身を案じるほたるに、秀吉は意を決すると彼女から顔を背けた。
「――あんたはもう、俺の傍にいちゃいけない」
「……え?」
「こんな生活が似合うはずもないとわかっていながら、情より欲を選んだ。見せかけの罰であんたを縛り、罪という囲いで手元に望んだひどい男だ」
「秀吉殿は情が深いだけです。私は望んであなたの傍に……」
「そう思うよう俺が仕向けたんだよ」
秀吉の言ってることが分からず呆然とするほたるに、秀吉は自分の罪を告げる。
「信長様の夢は潰えていない。あんたを縛った俺の目も、今はもう元に戻った。だからもう、苦しみながら俺の傍にいる必要はないんだよ」
「私は秀吉殿にとって不要ですか?」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ。あんたが俺を望むのは、俺に尽くさなければ自分を許せないからだ。罪を償う術は他にいくらだってある。その選択肢を俺が奪った」
選択肢を……奪う。
秀吉の低い声は、明るい彼らしからぬ響きを宿していて、ほたるをひどく混乱させた。
彼は自分をひどい男だと言ったが、ほたるにはそう思えなかった。
そう思うことさえ仕向けられたものだというのか?
「あなたが不要だと仰るなら、今までのように傍にいることはやめます」
「陰ながら見守るってのもなしだ」
ほたるとして傍近くで支えられないのは切ないが、変化の術で陰で見守ることはできる――そう思っている心中を読んだ秀吉の言葉に、唇をキュッと噛む。
それほどまでに自分は邪魔なのかと目頭が熱くなると、苦し気に秀吉が目を瞑った。
「邪魔だと思ってるわけじゃない。俺はあんたを縛りたくない。こうして傷つくあんたを見たくないんだ」
「私は忍びです。私の傷など秀吉殿が気に病む必要はありません」
「忍びとか、姫だとか、そんなのは関係ない。ほたるが傷つくのを見たくないんだよ」
いくら緘口令を敷こうとも、人の口に戸は立てられない。
羽柴の軍に身を置かせることで、ほたるはどれほどの苦しみを味わっただろう。
それさえも自らの罪故と甘受する姿が悲しくて、そう仕向けた自分の浅ましさに嫌気がさす。
初めは興味。次は疑念。
それでも、ほたると交流を重ねるにつれ、優しい心根や純真さを好ましく思っていた。
忍びなどと血なまぐさい場所に身を置くに向かない娘……それがほたるだった。
その純真さが決断を鈍らせ、彼女に罪を犯させた。
秀吉がもっと早くに断じていれば、このように罪に縛られ、彼女が苦しむことはなかった。
「俺にはあんたを許す権利がない。あんたを許すのは――あんた自身だ」
「私、自身……」
「ああ」
知らずほたるが自身に科した楔。
もう一生罪を償うことなどできないのだと、秀吉の傍にいるしかないのだと、そう自らを縛った。
そのことを知りながら、他の道を示さなかったのは秀吉。
傷を負い、動けない小鳥を労わるように見せかけて、囲いを作り、自由を奪った。
「――わかりました。ならば一つ、秀吉殿にお願いがございます。私がこの先選ぶものは自分の意思によるもの。どうかそれを秀吉殿が気に病むことのないよう、お願いします」
沈黙を了承として返せば、一度俯いたほたるは顔を上げて、ついぞ見られなかった凛とした意思を宿した瞳を秀吉に向けた。
「叶うことなら私をお傍に置いてください」
「……それがあんたの願いか?」
「はい。秀吉殿は以前、己が恐れているものを認め、見極めることを教えてくださいました。私が恐れているものは秀吉殿……あなたです」
「俺か…」
「ですが、それはあなたが私の正体を見抜いた人だからではありません。あなたが……私の大切な人だからです」
光秀から信長暗殺の命を受けた時。
操られ、罪を犯した時。
秀吉に会いたくないと、ほたるは彼を恐れた。
あの時はその理由がわからなかったが……それは彼を慕う想い故。
「私はあなたの命が失われることが何より怖い……だから、お傍で守りたい。きっと役に立ってみせます」
「あんたは馬鹿だな……こんな男に囚われるなんて」
「秀吉殿は誰よりも優しい人…それにつけこんでるのは私の方です」
この行動が罪に縛られたものだというならそれでも構わない。
望んでいるのはほたる自身なのだから。
「1つ言っておく。あんたの罪は俺に縛りつける力なんてない」
「はい」
「それでも俺を望むというんなら、共に生きよう。あんたが他の生き方を見つけるまでな」
おいでと、広げられた腕に添えば、ぬくもりに包み込まれる。
秀吉の顔に浮かぶのは喜びではなく苦しみ。
自分の所業がほたるを縛ったのだと、声なき慟哭が心を揺らす。
彼を苦しみから解き放つには、ほたるが離れるべきなのだろう。
それでも彼の傍にいたいと、心が求める。
自分の存在は今や誰よりも大切な人を苦しめるものでしかないと知りながら、それでもその傍を離れられないのだ。
「ごめんなさい……秀吉殿……っ」
こぼれた涙を受け止める優しい胸の中で、ほたるは改めて自分の罪を知る。
自らと彼を縛る恋という鎖を。