指先をぎゅっとつまむ

家ほた2

「家康殿?」

家康の些細な変化にも気づいて声をかけてくれるほたるに、どうしようかと思案して……もう一度ぎゅっと自身の指先をつまむ。
以前にも感じたこの衝動。
あの時は気恥ずかしさの方が勝ってしまい、実行することはできなかったけれど、今は――。

「あの……もしほたる殿がお嫌ではないなら、手を……繋ぎませんか?」

「そんな……嫌だなんてとんでもないです。家康殿に触れられて嫌なことなどありません」

「あ、ありがとうございます。そ、それでは……」

そっと伸ばされた手が、遠慮がちにほたるの指先をつまむ。
家康のひんやりとした指に、彼が緊張していたことが伺い知れるが、それでも触れたいと思ってくれたことが嬉しくて、ほたるの顔に微笑が浮かぶ。

「ほたる殿?」
「すみません。ですが、家康殿とこうして手を繋いでいることが信じられなくて……」

忍びとして光秀に雇われた安土の地で、初めて出会った家康。
女性苦手を克服するために共に過ごすうちに、小さきものを慈しむ優しさや彼と過ごす時間の心地良さが嬉しくて……いつの間にか家康の存在がほたるの中でとても大きなものになっていた。

けれども家康は東海三国の領主で、いずれは三河に帰ってしまう身。
一方ほたるは、この安土を守る盾である忍び。
二人の道は交わることはない。
だからこそ、今こうして彼に寄り添い、手を繋いでいることが信じられなくてこぼれた言葉だった。
しかし、家康は違う意味でとらえたようで、気恥ずかしそうに俯くとすみませんと謝る。

「僕が女性苦手だったために、あなたには数えきれないご迷惑をおかけしてしまいました……」

「そんな迷惑など……! 私のようなものが今こうして家康殿の傍にいられることを、ただ夢見心地に思っただけなのです」

「そんな……僕の方こそ今あなたが隣にいてくださることが夢のようで……」

互いに必死に言い募る姿がいつぞやを思い出させて微笑みあうと、繋いだ指先をぎゅっとつまむ。

「ふふ……ではほたる殿、もう少し共に散策しませんか? あなたと手を繋いでもう少し歩いていたいんです」

「はい。もちろんです」

穏やかな笑みを浮かべる家康に、繋いだ指先にほんの少し力をこめて同じ気持ちであることを伝える。
本来ならば触れ合うことなどありえない人。
それでも家康はほたるを選び、共にあろうと伝えてくれたから。
触れた指先から伝わるぬくもりが溶け合っていくのが嬉しくて、幸せで、ほたるが家康を見上げると柔らかな笑みが返ってきた。
Index Menu ←Back Next→