鼻先をかじってみる

冥かな4

好きです、とまるで歌でも歌うように告げてくるかなでに、冥加は眉間にしわを寄せた。
好きか嫌いかの二択ならば冥加とて同じ……そうでなければこのように傍にいることを許しはしないだろう。
だが、だからといってどこそこと四六時中睦事を囁くなど、神南の東金達のような真似などできるはずもするつもりもなく、いつものように流していると、かなでが頬を膨らませた。

「冥加部長は私のこと嫌いなんですか?」
「……馬鹿らしい」
「だって、いくら好きだって伝えても振り向いてもくれないし、ずっとパソコン画面ばかり見てます」

それは仕事中だと伝えてもなお訪れた彼女の責であり、冥加がその茶番に付き合う必要はないのだが、当然そんな言い分が彼女に通じるはずもないのはわかっていた。

「お前に構っている時間はない」

新学期に向けてのこの時期の忙しさは半端でなく、当然冥加も毎日デスクワークに追われていた。
だが、この言い分で引き下がる程頭の回転がいいとは言い難いかなでは、唇を尖らせると背中合わせに寄りかかった。

「おい……」
「構ってもらってません。寄りかかってるだけです」

子どもじみた言い訳。
確かに椅子越しでは重さを直に感じはしないが、他者の気配があるだけで気が散ることを考えられないのだろうか。

「――どうすれば満足する」
「好きって言ってください」

これ見よがしにため息をついて問えば、返ってきたのは甘い戯言。
ここで一言その通りに返せば解決するのだろうが、仕事の合間に告げるほど軽い言葉ではないことを、どうもかなではわからないらしい。

かなでの言う【好き】はままごとのようなもの。
だが、冥加が口にするのは永遠を約束するものなのだ。
そのことをわからず、子どもじみた愛情を求めるかなでの腕を引くと、冥加のこうした行動を全く予測していなかったのだろう、あっさりと膝の上に転げ落ちてきた。
目を丸くしているかなでを見下ろして、抗議の言葉を言い終えぬうちに顔を近づけ――。

「…………っ!?」

何が起こったのか理解できず固まったかなでに、甘噛みした鼻先から口を離すとその頬を撫でて、彼女の過ちを問いただす。

「……煽ればどうなるかわかっただろう。お前は考えが浅すぎる。言葉など一時のもの。俺の想いはあの日お前に伝えたはずだ」

愛してるなんてそんな生易しいものではない。
運命――そう、かなでと冥加を結ぶものは運命に他ならないのだから。

「これにこりたら安易に俺に睦事など求めぬことだ」
「~~~~~~~っ」

フッと微笑み身を起こそうとした冥加の襟が引かれ――。
ちゅ。 ぶつけるように触れたのは、柔らかな彼女の唇。

「冥加部長のバカ!」

真っ赤な顔で膝から飛び降りると、一目散に飛び出していったかなでに、バカはどちらだと赤らむ顔を隠すように冥加は掌で覆った。
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