音色は口程に物を言う

冥かな2

「冥加さん、好きです」
「……………」
「大好き」
「戯言を言っている暇があるならヴァイオリンを構えろ」

二人きりの練習室で好きを繰り返すかなでをいつものように流して冥加はヴァイオリンを構える。そんな彼の反応に頬を膨らませながら同じく弦を構えると、かなでは呼吸を整え音を紡ぐ。

かなでの音に重なる冥加の音。
2つの音が交じり、輝き、天に舞い上がる。
この瞬間は二人だけのもので、何にも勝る告白でもある。
音色は普段は甘い言葉を紡いではくれない冥加の想いを伝えてくれるから、弾き終わったかなではへにゃりと頬を緩ませた。

「なんだ、その緩みきった顔は」
「冥加さんは口より音の方がずっと素直ですよね」

愛してる。愛しい。
そう音が伝えてくれるから、かなではいつも幸せになる。
そう伝えると、眉間に深くしわが寄る様が可笑しかった。

「……貴様も同じだろう」
「へ?」

言葉の意を介さずに首を傾げれば、苦虫を潰したように歪む表情。
かなでは冥加の音に想いがこもっていると喜ぶが、彼女の音もまた冥加への想いに溢れているから、彼女と合わせた時、顔が緩まないよう苦心していた。

「続ける気がないのなら帰るぞ」
「弾きます! 弾きたいです!」

促せば焦ったようにヴァイオリンを構えるかなでに口元を緩ませて、音に心を乗せて弾く。
この音色はかなでだけのもの。
冥王などと呼ぶものが聴いたのなら、その音色に別人かと目を剥くだろう。
だがそれは当たり前だ。
これはかなでへの愛の囁き。彼女だけに捧げる想いなのだから。
弾き終わってヴァイオリンを下ろすと、再びへにゃりとかなでの顔が緩む。

「冥加さん、好きです」
懲りずに繰り返される甘い告白に眉間を寄せると、傍に寄って軽く屈み耳元で囁く。

「愛を語り合いたいなら名前で呼んでみるんだな。そうすれば貴様が望むだけ愛を囁いてやろう――かなで」

思いがけず振り落とされた超ド級の爆弾に真っ赤に染まった顔に満足すると、冥加は愛用のシュトゥルムをテーブルに置いて、コーヒーを取りに部屋を出る。
この数分後、己の言葉を冥加は後悔する。

「玲士さん」
「…………」
「玲士さん?」

名字から名前に変わった呼び方。
それだけでこんなにも動悸を早めるものだとは思わず、冥加は必死に意志の力で表情を固めながら、無邪気に呼び続ける恋人を抱き寄せ、言葉を封じる。

いつだって冥加を揺さぶるのは小日向かなでという存在すべて。
憎しみも、喜びも、切なさも、愛しさも、すべてが彼女に繋がっているのだと、改めてその事実を確認して、どうしようもなく囚われている自分をとっくに受け入れていることに口元を緩めた。

「……もしかして玲士さん、照れてますか?」
「うるさい」
「私と同じぐらいドキドキしてます」
「貴様は一時も黙っていられないのか」

抱き寄せたのは間違いだったと冥加が眉を歪めると、へにゃりと緩みきった笑顔のかなで。

「大好き」
今日何度となく紡がれた言葉に、冥加はその口を封じることでその想いに応えた。
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