甘い師弟

百ほた9

「Trick or treat?」

生徒指導室を訪れるや否やほたるの口にした台詞に感じた既視感。
昨年に引き続き繰り返すのかとため息をつくと、期待に満ちた目で見つめるほたるに財布から100円を取り出し差し出した。

「これで好きなのを買って食え」

「師匠。これではチロルチョコしか買えません。それに今、持っていないのなら無効です」

「生徒に金銭を与えられるか。今度買ってやるから、今日はそれで我慢しろ」

「嫌です」

生徒指導を担う身としてはこれ以上の金銭を学校で渡すわけにはいかず、宥めようとするが頑ななほたるはやはり頷かない。


「今年もお菓子をお持ちでないので悪戯をさせていただきます」

「断る」

「生徒会長がお決めになったことなので、本日に限り言いつけには従えません」

ほたるを振り切るなど容易いことだが一応は忍びの身。
目立った行動は避けねばならず、眉間の皺を深めると冷ややかにほたるを見る。


「……またお前が口にしたことを肯定し続けろと?」

「違います。今回は私が沢山尚光殿に伝えます」

名を呼ぶのは二人の変わった関係故。
しかし校内では認めていなかったと顔をしかめれば、一瞬しまったと怯んだほたるだが引くつもりはないらしい。


「私は尚み……師匠が好きです。この気持ちはずっと変わりません」

「…………」

「だからその、もう少し恋人らしくと言いますか……「いちゃいちゃ」したいです」

頬を赤らめて告げたほたるらしからぬ言葉に、百地は黒幕を悟るとため息をつく。


「……秀吉の入れ知恵か」

「どうして分かった……い、いえ、これは私の本心です」

いちゃいちゃなどとほたるが使ったことは今までない。
けれども秀吉の入れ知恵とはいえ、ほたるも安易にのるはずもない。
だからこれはきっと、彼女の方から持ち掛けた相談だったのだろう。


「……お前はわかってない」

「わかってます」

「「ここ」でそのようなことを告げても俺が頷くことはないと、わかっていないだろうが」

「…………」

諭す百地にほたるが肩を落とす。


「……すみません。浅慮でした」

「――今日は家に寄れるのか?」

すっかりしょげてしまったほたるに問えば、一瞬の後にほたるが目を輝かす。

「寄れます! 寄ります。光秀殿に伝えてきます」

光秀に雇われている身のために、普段は彼の妹として共に暮らしているほたる。
だが百地との関係が知れるところとなったため、任務に支障をきたさなければ逢瀬を重ねることも許されていた。
あっという間に飛び出ていった恋人に苦笑が漏れる。

「……俺も甘くなったものだ」

ほたるの想いを受け入れた今となっては詮無きことでもあるが、彼女の師であり、里を担う忍びとしては任務を妨げる行いはもってのほか。
そう言い訳ながら、今日は甘やかしてやるかと手元の仕事に取りかかると、早々に帰宅するのだった。

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