久しぶりに修行に付き合ってほしいとほたるにねだられ、同意したつい先刻。
では場を移すぞと促したところ、ここで大丈夫だとおもむろに膝の上にほたるが乗ってきた。
「おい、何をしている!」
「修行です」
「……まさか付き合って欲しい技とは【誘惑】の事か」
膝の上に向き合う形で乗ってきたほたるに顔をしかめると、はいと頷く様にため息をつく。
「俺を練習台にするなといったはずだ」
「鍛錬を怠るなと仰ったのは師匠ではありませんか」
「……っ、練習なら他に適した奴がいくらでもいるだろう」
ほたるが属しているスイーツ部には、織田信長や徳川家康、森蘭丸と男も多い。
家には明智光秀もいるのだ、自分がわざわざ付き合う必要などないはずだと主張すれば、ほたるが俯き唇を噛む。
「光秀殿には己の不甲斐なさを思い知らされました…」
「……試したのか」
結果は言わずとも知れてそれ以上の追及をやめると、ほたるがひしっと縋ってくる。
「ほたる! 俺を練習台にするな!」
「…………むぎゅ」
「胸ッ!!」
真面目な顔で胸を押し当ててくるほたるに頭が痛くなる。
確かに身体はそれなりに育ってはいるが、そんな強張った表情でどう誘惑が出来るというのだろう。
「ほたる……お前は【誘惑】をどう習ったんだ」
「長老は実践が一番だと仰いました」
「長老……」
確かに技は実戦で磨くのが一番だが、ほたるはそれ以前に基礎ができていない。
というより、とてつもなく色に疎いのだろう。
しかし、不得手だからと諦めるのは師として勧められるはずもなく、百地はため息をつくとほたるの腕をとる。
「師匠?」
「そんなかたい顔で誘惑などできるものか、馬鹿者」
「では、どうすれば……、……っ!」
眉を下げ、昔のように百地に縋るほたるに、腕を捕らえたのとは違う手で背を撫でると、びくりと身体を震わせる。
驚きを浮かべるほたるに何も答えぬままに腰を伝い太腿を撫でれば、くすぐったそうに身悶える姿に内心苦笑すると、さらに内腿をさする。
「っ! し、師匠……」
「そういう表情もできるのか。子どもだと思っていたが、そうではないらしい」
声を潜め、耳元に唇を寄せて囁くと、ふるりと身を震わせるほたる。
「お前に胸を押し当てられて、俺が何も感じないとでも思ったか? 瑞々しい柔肌に指を埋め、心行くまでその弾力を試したい……そんな要求を秘してる俺に縋ったお前が悪い」
「師匠……」
「……わかったか?」
「は、はい……」
ほたるが頷くのを見届けて身を離すと、先程までの色めいた空気を霧散させる。
「色を使って相手を惑わす。それが誘惑だ。まずは場の空気を作れ。真顔で胸を押し当てたところで、飢えたガキしか釣れんぞ」
「…………」
「どうした? 何を呆けている」
「……今のはもしかして【誘惑】の修行ですか?」
「当たり前だ、馬鹿者。お前は何をしにここへ来たんだ」
当然だとばかりに眉をしかめれば、頬を赤らめたほたるが悲し気に目を伏せる。
「では、私に触れたいと、そう思っていると仰ったのも【誘惑】の手管を教えただけなのですね」
「ほたる?」
「すみません、今日はもう帰ります」
「お、おい」
「ありがとうございました」
百地の膝から飛び降りると、一切顔を合わさず、逃げるように生徒指導室を飛び出していったほたるに茫然とする。
「まさかあいつ……いや、そんなはずは……」
百地が口にした言葉を真に受け、傷ついたというのか?
修行に付き合ってほしいと願い出たのはほたるの方だと、そう思いながら、先程の悲しげな表情が頭から離れず、そのあと一切仕事が手につかない百地だった。