力一杯抱き締めて

百ほた5

「……ほたる」
ぎゅっと後ろから抱きしめて離そうとしないほたるにため息をつくと、その腕を解かせようと説得を試みる。

「任があることはわかっているだろう」
「…………」

忍びとして各地に雇われては、任を終えるまで里に戻ることは叶わず数ヶ月……長ければ年単位で留守にすることもある。
そのことをほたるが寂しく思っていることはわかっていたが、だからと任を放り出すわけにはいかないのだから、この束縛を解かないわけにはいかなかった。

「ほたる」
「わかっています」

どこがだと、一向に緩むことのない腕にもう一度ため息をもらせば、ようやく解かれて、ねだるように裾を引かれる。

「尚光殿は里一番の忍び。重要な仕事を任されるのが多いのもわかっています。でも……」

寂しいのだと、上目づかいに訴える目は幼い頃と変わらず。
いや、そこに色気が加わった分、以前よりもずっとたちが悪く、百地を惑わせる。
だがそこで折れるわけにはいかない。
任をこなすのは里のため。 そして家族の……ほたるのためでもあるのだから。

「この任が終われば、長期のものは外すと長老も言っていただろう」
「……はい」

新婚ということもあり、またほたるに甘い長老は、家族を増やすことも里のためになると、これ以降百地に長期にわたる任は減らすと告げていた。
だからあと少しの辛抱だと伝えるも、離れたくないと裾を掴んだ指が訴えていて、百地はもう一度名を呼んだ。

「――ほたる。何か、一つなら願いを叶えてやる」
「本当ですか?」
「ああ」

百地だって寂しいわけではない。
傍にいたいのは同じなのだ。
だから少しでもその顔の曇りを晴らしたいと提案すれば、ほたるが考え込んで。

「だったら、尚光殿も抱きしめてください」
「…………は?」
「いつも、抱きつくのは私ばかりですから」

甘えたがりのほたるらしいおねだりに頭を抱えるが、叶えてやると言ったのは自分。
百地は情欲のスイッチを切ると、腕の中にほたるを抱き寄せた。
相変わらず幼さの抜けないほたるは、自分が百地の妻になれるほど成長した一人の女なのだといまだに自覚がないようで、こうした接触が百地の自制を揺らすことをまるでわかっていなかった。
だが、百地の方はそうはいかない。
弟子に向ける愛情とは異なることを認識した今、愛しい女がその腕の中にいれば、欲するのは男の性。
だがこれから任地に旅立たなければならないとなれば、その性に溺れるわけにもいかず、意識して自身をコントロールして、幼い妻の欲求に応える。

「……これで満足しただろう」
「はい」

腕を緩めれば、幸せそうに笑うほたるに背を向けて。
次に帰った時は、朝まで寝かせることはできないだろうと、心の中で詫びて、里を後にした。
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