4月1日は嘘ではなく真実で愛を語らう

央撫4

「最近は日本でも流行ってきたね」

久しぶりに互いの休みが重なり、まったりと過ごす休日。
何気なく流れているニュースを見ての央の感想に、撫子は今日という日を思う。
エイプリルフール。
起源は不明というこのお遊びは元々は海外発祥であり、インターネットの普及した昨今では新聞社や企業がジョークCMを流したり、サイトを作ったりするようになった。

「僕たちも乗ってみる? 今日一日は嘘しか言わないようにするとか」
「たとえ冗談でも嘘をつくのは嫌だわ」

特に大切な人に嘘をつくなんて、と撫子が眉を潜めれば、そんな彼女の反応に央の顔が緩む。

「そうだね。君には嘘のない言葉を贈りたいな」
撫子の手を取ると、にこりと微笑み伝える愛の言葉。

「愛してるよ、撫子ちゃん」
「………っ、な、央」
「ん? なに?」

あまりに唐突すぎて、油断していた撫子の顔は真っ赤に染まる。
それを嬉しそうに見つめるから、撫子は気を落ち着かせようと目を閉じて軽く深呼吸した。

「その……嬉しいわ」

恥ずかしくもあるが、言われて嬉しくないはずもない。
だからそれを素直に伝えると、余計に嬉しそうに微笑んでくれるから、撫子は喜びと羞恥心がないまぜになった複雑な表情を浮かべてしまう。
央は昔から直球だ。
それこそこちらが赤面してしまうようなこともさらりと言ってのけるのだから心臓に悪い。
それでも、それは悪意がなく、ほとんどが撫子を喜ばせるものだったから、文句など言えるはずもなかった。

「うん。愛してる。撫子ちゃんが大好きだよ」
「………っ」
「だから結婚しよう?」
「………!?」

繰り返される愛の囁きに降伏の旗を上げようとした瞬間落とされた爆弾に、撫子は唖然と央を見た。

「央?」
「うん?」
「まさか嘘じゃないわよね?」

そんなわけがないと分かっていても聞いてしまったのは、あまりにも唐突すぎたから。
表情をなくした撫子に、央はその手を取ると薬指から銀のリングを外し、ポケットから取りだした新たなリングを通した。

「もちろん本当だよ。プロポーズのつもりだったんだけど……」
「…………」
「撫子ちゃん? おーい」

固まったままの撫子の耳に、焦った央の声が聞こえる。
プロポーズ。
彼の口にした言葉を改めて脳が確認する。

「…………っ」

ぼん、と音がしそうなほどに赤く染まった顔。
それを驚き見ている央に、撫子は恨めし気に彼を見つめた。

「央はいつも心臓に悪いわ……」

「え? あの、もしかして嫌だった?」

「そんなことないわよ。ただ、あまりにも唐突だったから驚いただけよ」

慌てる央にようやく落ち着きを取り戻すと、改めて左手に飾られた指輪を見る。
小ぶりなダイヤモンドがあしらわれたリングは、繊細ながら美しく、撫子好みのデザインだった。

「今のはプロポーズだと思っていいのよね?」
「もちろん! シチュエーション間違えたかな……」

八の字に落ちた眉は、撫子の反応が思い描いていたものと違ったからだろう。
しかし驚くのは仕方ないだろう。
今の今まで、そんな雰囲気は全くなかったのだから。

「そうね。読み違えてはいるかもしれないわね」

「え~……」

「でも驚きが勝ってしまったけど、嬉しくないわけじゃないのよ」

がくりと肩を落とす央に微笑んで、愛おしげに指輪を撫でる。
高校生の時から付き合い始めた央と、将来を考えなかったわけではない。
むしろ、時期がいつになるかというぐらいで、そういう未来を思い描いていたのは撫子も同じだった。
だからこそ、遅れて喜びがわきあがってくる。
央が撫子にエンゲージリングを贈ってくれたことへの喜びが。

「私も、央のことが好きよ。……とても嬉しいわ」
慈しむように指輪に触れて微笑む撫子に、消沈していた央にも笑顔が戻る。

エイプリルフール。
世界中が嘘に笑いあうこの日に二人が紡ぐのは永遠の誓い。
この先の時間も共にありたいと望み、相手を乞う。
その証のリングを愛する女性の左手に贈って、とびきり幸せで甘い4月1日を過ごした。
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