冬の恋人たち

央撫3

「あ……」

ふわりふわりと降り落ちる白い結晶に頭上を見上げる。
宵闇が広がり始めた空からは次々と白い雪が降ってきて、その幻想的な風景につい見入っていると、撫子ちゃんと自分の名を呼びながら駆け寄る足音が聞こえた。

「央」

「遅れてごめん! 寒かったよね? 髪に雪が……」

「大丈夫よ。今、降り始めたばかりだわ」

「待たせた僕が悪いけど、雪が降ってるなら屋内に避難してくれないと。君に風邪をひかせたら心配で毎日看病に通うよ」

パティシエとしての道を歩き始めたばかりの央は忙しく、そんなことはできるはずもなかったが、それでも撫子を気遣う想いが嬉しくてごめんなさいと素直に謝る。

「雪なんてここ何年か見てないでしょう? だからつい……」
「雪にはしゃぐなんて撫子ちゃん、可愛いね」

央の指摘に、いまさらながら子どもじみた感傷だったかと、撫子は頬を赤らめた。

「央も大人になったのね」

出逢った頃なら央の方がはしゃいで撫子を呆れさせていただろう。
思いついたままに行動してしまうため、落ち着きがないと評されていた彼が理知的な行動をとれるようになったのはいつからだろう。
互いに通学で顔を合わせていた高校生の頃には、周囲を巻き込むようなことはなかったように思える。

「あのね……僕だっていつまでも空気読めない子どものままではないんです」

「ふふ、でも私はあの頃の央も好きだったわ」

周りの人間を振り回して巻き込む央を、始めは撫子も苦手に思っていた。
けれども共に課題をする中で、本当は気遣いのできる優しい子なのだと知った。
落ちてきた本から身を挺して庇ってくれたり、誘拐されて動揺している撫子に安心を与えてくれて。
誘拐騒ぎの後、気落ちしていた撫子を励まそうと手料理をごちそうしてくれたりもした。
央が作ってくれた料理は、彼そのもののようにあたたかくて優しい味がした。

「……それって、その頃から撫子ちゃんは僕のこと好きだって思ってくれてたってこと?」
「え? あ……別にそういうことじゃ……っ」

にこりと微笑む央に、自分の発言がまるで告白のようだと気がついて慌てるが、一度口にしてしまったものはなかったことにはできず、撫子は赤くなった顔を隠すように俯いた。

「僕はね、その頃からずっと、撫子ちゃんは特別な存在だったよ」
「私だって……同じだわ」

小学生の頃は危なっかしくて、目を離したらいけない気分でいたけれど、それでも一緒にいたいと思ったのは撫子自身。
いつしか暴走することもなくなり、大人びて男っぽくなっていく央にドキドキするようになって。 高校からは別々の学校になり会う機会が減って、それでも朝電車が一緒になった時に話す少しの時間が愛しくて大切だった。

「撫子ちゃん、手繋ごう?」

遠い昔に同じように差し出された手。
けれども記憶の中の手よりもずっと大きくて――変わらないあたたかさに、撫子はそっとその手を握り返す。
今でも央に触れられるたびに、胸は大きく高鳴るけれど、それは決して不快なものじゃなく、撫子の心をあたためてくれるもの。
央への恋心を改めて噛みしめてると、好きだよ、と耳元で囁かれて。
撫子は言葉の代わりに、繋いだ手を握り返した。
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