Happy Halloween

央撫2

『Trick or Treat?』

ブルブルと震えた携帯に、画面を覗き込んだ瞬間、通話を押した撫子よりも早く聞こえてきた言葉。
突然すぎて一瞬意味を理解できなくて、妙な間が空いてしまった。

『撫子ちゃん? 繋がってるよね?』
「え、ええ。繋がってるわ。ごめんなさい、驚いてとっさに言葉が出なかったの」

久しぶりに聞く恋人の声に慌てて答えると、それで? と問いかけ。

「え?」
『だから、Trick or Treat? 君はどっちがいいの?』
「……ああ、そういえば今日はハロウィンだったわね」

そういえば最近、街が華やかだった気がすると思い返すと、問いかけに「もちろん。Treatよ」と答えた。
まだ修行中の身とはいえ彼女の恋人・英央の作るお菓子は、口の中がとろけるほどに美味しいのだ。
この前会った時に食べさせてもらったスイーツを思い出すと、小さくお腹が鳴った。
今日は朝から忙しくて、お昼を食べ損ねていた。

『僕もTreat。撫子ちゃんから欲しいな』
「もちろん、私が用意できるものならあげたいけど……」

けれども央は今フランス。
日本にいた時のように、気軽に会うことはできないのが寂しく思っていた。

『君しか用意できないから、今からもらいに行くね』
「え?」
央の答えに瞳を瞬いた瞬間、抱き寄せられて。

「ただいま」
「……央?」
そのぬくもりと、愛しい声に、撫子は驚き後ろを振り返った。

「いつ戻ったの?」

「さっきだよ。空港からまっすぐ会いに来ちゃった」

「それは嬉しいけど、今日帰るって聞いてなかったわ」

「うん、ごめん。突然会いたくなって、飛行機に飛び乗っちゃいました」

以前、言っていた冗談を本当に実行したことに驚くと、央がぎゅっと抱きしめた。

「あ~本物の撫子ちゃんだ」

「本物って……」

「もう限界。夢で逢えたから満足、なんてできないんです。君に会いたかった」

「それは……私だって会いたかったわ。本当は、央に傍にいてほしいもの」

普段は口にしない本音を告げると、頷かれて。
ごめん、と抱き寄せる腕の力が強くなる。

「……寂しい思いをさせて、ごめん」

「央が頑張ってること、わかってるもの。だから、帰ってきたとき、こうして会えたらそれでいいの」

「うん。……ごめん」

繰り返し謝罪の言葉を口にする央に、大丈夫の意を込めて手を撫でると、ふわっと笑顔が広がった。
撫子の大好きな、真っ青な空に向かって咲くひまわりのような笑顔。

「それで、さっきの問いなんだけど」
「そういえば……私にしか用意できないものって何かしら?」

スイーツならば央自身が作る方がずっとおいしいし、でも他に甘いものと言ったら何なのだろう?

「う~ん。君にしか用意できないっていうのはちょっと違うかな」
「え?」
「だって、君自身だから」

驚き見上げた瞬間、触れた唇。
ほんの触れるだけのキスだけれども、ここは街中。
撫子は慌てて胸を押した。

「な、央……っ」
「人影がないことは確認しました」
「姿が見えなくても、いつ人が来てもおかしくないのよ」
「うん、ごめんね。どうしてもすぐ欲しくて」

子供の頃とは違って普段は常識的なのに、時々こうした突拍子もないことをする央に、撫子の頬が真っ赤に染まる。

「熟れたリンゴみたい。美味しそうだね。もう一度、味わいたくなっちゃうな」

「だ、だめよ」

「はーい。今日はもう、授業はないよね?」

「ええ。さっき終わったところよ」

「だったら、軽く腹ごしらえして、僕の家に来ない?」

さっき、お腹の音を聞かれてしまったのだろう。
央の言葉に頬を赤らめると手を引かれて、並んで街中を歩いていく。

「この前、撫子ちゃんが食べてみたいって言ってたお店にしようか? この時間なら空いてると思うし」

以前、電話で話したことを覚えていてくれた央の優しさが嬉しくて、「ええ」と素直に頷く。
隣りを見れば、大好きな央がいて、こうして触れることができる。
そのことが幸せで、自然と頬が緩んでしまう。

「……あ~本当にもう、可愛すぎでしょ」
「央?」
「Trick or Treat。後で甘い君を堪能させてね」

耳元での囁きに、撫子は真っ赤な顔で小さくバカ、と呟いた。
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