あなたと見る桜

央撫1

「え? 撫子ちゃん、桜嫌いなの?」
驚き振り返った央に、撫子は気まずそうに「そうじゃなくて……」と言葉を続ける。

「桜の散る様に生き様を重ねて武士が好んだって話を聞いたことがあるけど、私は逆だと思うのよ」

「逆って?」

「散っていく桜を見ると、終わりを感じて物悲しい気持ちにならない?」

花は咲けば散る――それは理であるけれど、終わってしまうのは少し寂しく感じられる。
だから撫子は、嫌いではないが桜に少し切なさを感じていた。
冬の終わりを告げるように咲く薄紅の花は、新しい春を感じさせて心を浮足立たせてくれるけど、同時に終わりも早く、最後はその花を散らし消えていく。
それが寂しいと、そう思ってしまうのだ。
央と一緒に桜並木を歩きながらそう話せば、黙って彼女の話を聞いていた央はにこりと微笑んだ。

「じゃあさ、新しく楽しい思い出を作ろうよ」

「え?」

「たとえば、落ちてきた花びらを掴むとか……小さい頃にやったことない?」

「理一郎が花びらを追いかけたりすると思う?」

「いや、りったんじゃなくて……って同じか」

幼馴染で互いに浮いた存在だった二人は、いつも一緒に行動することが多かったと聞いていたし、央が出逢った頃の二人もよく一緒にいる姿が見られた。
そんな二人が桜を前にその花びらを取ろうと追いかけるか否か……考えたら「ない」だろうと苦笑してしまう。

「結構難しいんだよ? 落ちてきたと思って走ると、自分の起こした風に舞って変な方向に行っちゃうから、なかなか捕まえられないんだ」

まあ、そのことに気がついたのは、円がじっと落ちてくるのを待って花びらを捕まえていることに気づいたからなんだけどね――そう笑う央に、撫子はその時の光景が目に浮かびくすりと微笑んだ。

「円と央らしいわね。確かに花びらを追いかけるより、円のように待つ方が効率がいいと思うわ」

「あ、ほら! 撫子ちゃん! 花びら落ちてきたよ!」

「え? あ」

央に急かされ、つい掌を差し出せば、そこに導かれるように落ちてきた花びら。
淡い薄紅の花びらは儚くも、確かにそこに存在しているのだと感じさせて、撫子は柔らかく手に閉じ込めると、桜並木を見上げた。
綺麗だが、散り行く姿が物悲しいと、少し切なく見つめていた桜が、ほんの少しだけ先程とは違うように見えるのは、隣に央がいるからだろう。

華々しく開き、散りゆく姿さえも愛しいものと、微笑ましく思う彼は、幼い頃から撫子にない感性で捉えたことを教えてくれた。
だからいつだって央と見る世界は輝いていて、井の中の蛙で大人びたつもりでいた撫子の見る世界を目新しく変えていった。

「ナイスキャッチ! 撫子ちゃん、僕より上手なんじゃない?」

「ふふ、偶然よ。でも、こうしてみると花びらも可愛らしいわね。せっかくだから押し花にして栞にしようかしら」

「さすがは女の子だね。僕、そんなこと考えたこともなかったよ」

「央の分も作る? 今日の思い出に」

微笑んで問えば、嬉しそうにほころぶ顔に鼓動が跳ねて。
その音に、自分が央に恋をしていることをまた1つ自覚する。

「嬉しいな。じゃあ僕の分も頑張って捕まえないとね」
「ええ、お願い」
「うん!」

元気に笑って桜を見上げる姿が眩くて、少し目をすぼめてその姿を追う。
央は太陽みたいだと、そう感じたのはいつだっただろう。
昔はとにかく元気で周りを巻き込むはた迷惑な台風のようだと思ったこともあったが、高校生になった今では昔のような落ち着きのなさはなくなり、明るくしっかりした面が表立つようになっていた。

「央と一緒だと桜も素敵なものだと思うわ」

「本当? 嬉しいな。僕も撫子ちゃんと見ると、いつもよりずっと綺麗に見えるよ」

本当は君の方がずっと綺麗だと思うけどね。
そんな心の呟きは自分の中だけに隠して照れ隠しに微笑めば、綺麗な笑みが返ってきて。
央の鼓動を跳ね上げる。
本当に僕達付き合ってるんだよね? と撫子を見るたびにドキドキしてしまう央の気持ちを、彼女は知らないだろう。

たぶん、出会った小学生の頃から好きだったのだと思う。
けれどもその頃はまだ子供で、想いを伝え、傍にいる確約を得るということを知らないでいた。
それが高校で違う学校に通うようになり、毎日会おうと思えば会えていた環境がなくなった時に気づいた。 彼女のことが好きなのだと。
それからはどうやって撫子と接する時間を作るか、央は悩んだものだった。

「来年も、その先も、ずっと一緒に見ようね」
「……央、それってまるで……」
「ん?」
「……ううん。なんでもないわ」

まるでプロポーズのようだという言葉は恥ずかしくて口に出来ず、撫子は誤魔化すように視線を桜に向ける。
今はもう、この花に物悲しさは感じない。
開花を知った頃の浮きだつような想いが胸に溢れているから。
ドキドキと、高鳴る鼓動を重ねながら桜並木を二人は歩く。
この先の未来も共にこうして過ごしていくことを知らずに。
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