電車で会うたびに互いの近況を伝え合っている央は、そう言えば、と撫子を見る。
「もう少しでハロウィンだね」
「そういえばそうね。英のお店でも期間限定のお菓子を出すんじゃない?」
「うん。今年はイートインと販売のみのお店で種類を変えていて、チョコを使ったあ……」
「ストップ! 買いに行った時のお楽しみに取っておきたいの」
だから言わないで、と可愛い掌で口を覆われ、央が目を白黒させる。
彼女が自分の家の菓子をとても気に入ってくれていることは知っていたし、折々の手土産にもよく持参していたが、可愛らしいお願いに油断していた胸が大きく高鳴る。
「撫子ちゃん、可愛すぎ……」
「央? 何か言った?」
「ううん。何でもないよ。わかった、詳細は内緒にします」
「ありがとう」
ようやく口元から離れた手に名残惜しさを感じて苦笑すると、「それなら僕個人からってことで」とポケットから飴を出して撫子に渡す。
「央?」
「ちょっと早いけどハロウィンのお菓子代わりってことで。撫子ちゃん、風邪ひいたんじゃない?」
「……声に出てる?」
「少しだけね。早めに対応して悪化しないようにしないと」
「ありがとう、後で戴くわ」
央が差し出したのど飴を素直に受け取ると、大切そうにポケットにしまう。
「じゃあ……はい」
「これは?」
「コンビニで見かけて買ってみたら意外と美味しかったのよ。央、酢は嫌いじゃないわよね?」
「大丈夫だけど……」
撫子から手渡されたのは駄菓子の都こんぶ。
ハロウィンと言えば菓子だが、都こんぶは予想外で思わず吹き出してしまう。
「撫子ちゃん、最高……っ」
「……っ、年寄りくさくて悪かったわね」
「はは……全然! これ、美味しいよね。久しぶりに見たよ」
幼少期のひと時、駄菓子にはまっていた頃に食べたことのあるそれは懐かしく、思い出をまた一つ共有できたようで嬉しくなる。
「そういえば色々買ってみてるって言ってたわね。それで変わった組み合わせにして、お腹を壊したこともあったわよね?」
「はは……それは忘れてもらえると嬉しいです」
「ふふ、可愛い思い出じゃない」
央にとっては恥ずかしい思い出も、撫子がこうして笑ってくれれば悪く思えなくて、ああ本当に自分は彼女のことが好きなんだと改めて思う。
「そろそろ央の降りる駅ね」
「え? あー本当だ」
登校時間のわずかな時間では全然話し足りなくて、後ろ髪を引かれるのはいつものこと。
それでもこのわずかな時間さえ、朝に弱い央は必死に円に頼んで起こしてもらって作っている大切なものだから、名残惜しさを感じつつのど飴の代わりに都こんぶをポケットにしまう。
「では、月末のご来店楽しみにしています。――またね」
「ええ。楽しみにしてるわ」
開いたドアに別れを告げつつ、また今度の逢瀬を願えば素直に頷いてくれて。
撫子もこの時間を大切に思ってくれていることが嬉しくて、ホームに降りた央は彼女の乗った電車が走り出すのを見送りながら、そっとポケットの中の駄菓子に触れる。
こんな小さな菓子でさえ、彼女がくれたものだと思うと大切で仕方ないのだ。
「もうそろそろ限界、かな」
思いを告げればこの関係が壊れてしまう。
その可能性に怯え、ずっと足踏みしてきたが潮時なのだろう。
だってこんなにも思いは溢れて、彼女へ流れずにはいられないのだから。
央は空を見上げると、急ぎ足で改札に続く階段を上っていった。
2018ハロウィン企画