鷹斗からの伝言だと、円の誕生日会の話を聞いたのは、まだ撫子が政府にいた頃のこと。
元の世界では互いの誕生日を教え合ったりはまだしていなかったので、円の誕生日を撫子はこの時初めて知った。
あの時は鷹斗達が張り切っていることに眉を寄せて、祝われることにちっとも嬉しそうではなかったけれど、大好きな央が一緒にいる今なら、円は素直に喜んでくれるだろうか?
「誕生日どころじゃないってわかってるけど……」
追われる身で、アジトも転々と渡り歩いている現状で誕生日などと、また呆れられてしまうかもしれない。
それでもやっぱりお祝いしたい。
だって、誰よりも大切なひとの生まれた日だから。
* *
「……そう。円が好きなのは卵料理なのね。でも小学生ならともかく、オムライスはどうかしら」
「うーん。添えつけるものを大人っぽくすればいいんじゃないかな? ソースもケチャップじゃなくて、デミグラスソースを使うとか……」
「……そうね。本人が好きなものが一番だものね」
円がいない時を見計らって央に誕生日の相談をすると、喜んで協力してくれることになり、撫子は当日の晩餐メニューを考えていた。
この壊れた世界では物資も思うように手に入らないので、政府にいた頃のように豪華な料理は作れないけれど、珍しく生クリームとイチゴが手に入り、ケーキを作れるのが嬉しかった。
「ケーキは難易度が高いから央にお願いするわ。私はふわふわ卵のオムライスができるように頑張るわね」
「うん。撫子ちゃんは手際がいいから大丈夫だよ。それにとびきりの愛情入りだからね」
「……そうだといいのだけれど」
とびきりの愛情――というところはわざとスルーして、撫子は料理の順序を頭で組み立てる。
(オムライスは一番最後がいいわよね。スープは先に仕上げても温め直せるし、サラダも盛り付けておけばいいし)
前日と当日の手順を考えていると、視線を感じて振り返る。
「央? どうしたの?」
「……ううん。円は幸せ者だなって思って。お兄ちゃんは嬉しいです」
「もう、何言ってるのよ。それに央がお兄さんの時点で円は幸せ者よ」
「ありがとう。こんなに優しくて可愛い彼女なんて、円が羨ましくなっちゃうな」
「――央。ぼくのいないところでこの人を口説くのはやめてくれませんか?」
「あ、おかえりー円。向こう地区はどうだった?」
「話を反らさないでください。……近頃有心会の動きが活発らしいです」
「うーん、有心会かぁ。向こうも注意しないといけないね」
帰ってきた円は、央と撫子の会話に不機嫌そうに眉を歪めたものの、素直に今日の報告を始めたので、撫子は夕飯の準備に席を立つ。
食事は央が作ることが多いが、忙しい彼に任せきりなのも悪くて、撫子も時々はキッチンに立たせてもらっていた。
(誕生日の予行練習もしなくちゃ)
この世界の限られた物資で失敗なんてもってのほか。
一度央に見本を見せてもらって、何度か自分のお昼用に練習して当日ふわふわのオムライスを目指そう、と決めると予行を兼ねて作ったスープの味も悪くなく、ほっと胸を撫で下ろす。
「撫子ちゃん、料理の腕前あがったよね。美味しいよ」
「央に比べたらまだまだよ。でも、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「切り方は丁寧ですよね、あなた。料理教室に通ってたんですか?」
「ええ、少しね」
誉めどころがそこかと突っ込みたいが、貶すよりも褒める方が先立っただけいいだろう円に苦笑する。
夕飯を終えて、円と央は仕事の話を始めたため、撫子は先にお風呂に入らせてもらった。
そうして自室で寛いでいると、ドアがノックされて円が入ってきた。
「あなた、またそんな恰好で……ぼくを誘ってるんですか?」
「湯上りで涼んでいただけよ。お風呂の後にすぐに来た円が悪いんじゃない」
「誘ってますよね? そんなにぼくに抱かれたいんですか?」
「……円の頭の中ってそういうことばかりなの?」
「失礼ですね。健全な成人男性として当たり前の反応ですよ……って、何羽織ろうとしてるんですか」
「円が言ったんじゃない」
「すぐ脱ぐのでもう不要です」
「脱がないわよ」
真っ赤な顔を反らすと円が近寄ってきて、隣に腰を下ろす。
「……んっ!」
頬に手を添えられたと思ったら、抗議する間もなく唇が重なって、撫子は眉をひそめた。
円はどうも早急なところがあり、こうして彼女の意志も聞かないままキスをされるのが多かった。
「何眉潜めてるんですか。嫌なんですか」
「円が急にするからじゃない」
「断りを入れてからするんですか? その方があなた、いいんですか?」
「……それも嫌ね」
「わがままですね」
キスしていいですか? なんて聞かれるのは恥ずかしすぎるけど、やはり急なのは心の準備ができないから、つい反発してしまうのは仕方ないだろう。
「――央はいい男ですがダメです。あなたには合いません」
「何よ、それ」
「純真なぼくの心をもてあそんだんですから、責任取ってくださいよ」
「……どこから突っ込めばいいのかしら」
純真? 責任?
いつもながらの唐突かつ一方的な非難に、けれども彼がこうしたことを言うのは先程の央との会話が原因なのだろうとわかったから、撫子は怒りはせずに苦笑する。
「何笑ってるんですか」
「円はやきもち妬きよね」
実の兄と彼のこと(とは知らないのだろうけど)を話していただけでこうなのだ。
存外嫉妬深いことに、けれども嫌ではないのは撫子が円を好きだから。
「人生最悪の日にはしないから楽しみにしていて」
「何言ってるんです?」
「こちらの話よ」
サプライズにこだわるつもりもないけれど、やっぱりできれば驚かせたい。
だから言葉を濁せば円の眉が歪んで。
「――色気のあるプレゼントを期待してますね」
記憶に相違ない円の呟きに、撫子の方が驚かされた。