両手で頬を包み込む

円撫6

抱き寄せる。
顔を近づける。
それは弱視のせいだったり、嫉妬のせいだったりと、頻繁にされることなのでいつの間にか慣れてしまった感じがあるけれど、頬に触れられるとその後の瞬間を予感して鼓動が途端に飛び跳ねてしまう。

「……もしかして期待してます?」
「…………っ!」

頬に手をやり顔を寄せて。
ニヤリと笑う円に、カッと頬が熱くなる。
円は意地悪い。
わかっていてこういうことをわざわざ口にするのだ。
だから撫子が反射的に否定の言葉を紡ぐのは円のせいだった。

「期待なんてしてないわよ。円が急に触れるから驚いただけよ」

「そうですか? ぼくがあなたに触れるのなんていつものことでしょ?」

「……開き直って言うことなの? それ」

売り言葉に買い言葉で、いつもの応酬が始まり内心でため息をつく。
別にムードにこだわるわけではないが、どうしていちいち喧嘩のような遣り取りをしなくてはいけないのか。
撫子だって円にキスされるのは嫌ではない。
好きな人に求められるのは嬉しいのだから。
ただ、いちいちこうしてからかわれるのは我慢がならず、頬に添えられていた手を払うとくるりと身を翻した。

「用がないなら向こうに行ってて。掃除するから」

「掃除ってあなた毎日してるでしょ? そんなに掃除が好きなんですか?」

「円がそれ以外させてくれないからじゃない」

円のように央の活動に撫子が関わることを嫌がり、もっぱら彼女の仕事は家の掃除ぐらいのものだった。
もちろん鷹斗に追われている以上、撫子の身は常に危険にさらされており、外出を控えさせられるのも仕方ないことではあった。
けれどもただ守られるのではなく、撫子も円の力になりたいと、そう思っていた。
だからつい反論する言葉も刺々しくなってしまったと苦く思っていると、円も触れたくない話題なのか口を噤んだ。

「……ちょっと、円……っ!」

「今日は外に出る用事はないので暇なんです。掃除なんかしてないでぼくに構ってくださいよ」

「なによそれ」

「わかりませんか? 恋人らしく過ごしましょうと言ってるんです」

「恋人らしくって……」

撫子の都合などお構いなしにいきなり抱き寄せるのが恋人らしいというのは納得できず、逃れようともがくが腕は全く緩まず、かえって深く胸に抱き寄せられてしまう。

「円……っ」
「ぼくに抱きしめられるのは嫌なんですか?」
「そんなわけじゃ……」
「……あの人の元に戻りたくなりましたか?」

円の言葉に顔を上げようとするが、強く抱きしめられてそれさえも封じられてしまった。

「……そんなわけないじゃない。円こそ私を手放したくなったの?」

「そんなこと天地がひっくり返ってもありえません。まあ、あなたが戻りたいと言っても戻す気はありませんけどね」

「だから、私だってそんなこと望まないわよ」

私が傍にいたいのはあなたの傍なんだから――そんな思いを飲み込むと、きゅっと唇を噛んだ。
今、撫子がここにいるのは彼女がそう望んだから。
この円の傍にいたいと、そう思ったからここに残ったのだ。

そして、その思いは円も同じ。
彼女を抱き寄せる腕の強さが思いを表しているから、荒立っていた気持ちも次第に落ち着いてきた。
少しだけ緩められた腕の力に顔を上げると手を伸ばして、訝しげに見つめる円の頬を両手で包み込んだ。
自分からは過剰とも言えるほど触れるくせに、撫子が手を伸ばせば驚くのだからおかしくて笑みが浮かぶ。

「……何笑ってるんです?」
「円が好きだと思っただけよ」

拗ねたように問う円にありのままを伝えれば目を見開かれて、その表情がおかしくて……愛おしくて。
背伸びして、少しだけ彼を引き寄せて唇を合わせると、一瞬驚いた円はけれどもすぐに抱き寄せる腕の力を強めて、唇が離れることを許さないとばかりに深く甘く屠られた。

20180208
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