弱視のせい

円撫5

「……だから、近すぎるのよ!」

いまにも触れんばかりに寄せられた顔に赤らみながら抗議するも、全く離れる気配はなくいつものしれっとした答えが返される。

「あなたも知ってるでしょう? 僕は弱視なんで、近づかないと見えないんですよ」

「だったら眼鏡かコンタクトをすればいいじゃない!」

「だから、弱視だと言ってるじゃないですか。眼鏡なんか効果ありませんよ。あなた、確か医者を目指していたんじゃなかったですっけ?」

そんなことも知らないんですかと鼻で嘲られ、撫子はキッと円を睨んだ。
確かに将来医者になりたいと思っていたが、今の彼女は見た目が大人でも実際の経験は小学生までのもの。
医学の知識などあるはずもなかった。

「円って本当に性格悪いわよね」

「それはどうも。でもあなたはそんな僕のことが好きなんでしょ?」

ああ言えばこう言うとは円のための言葉だろうと、沸点を通り越した怒りに諦めの気持ちがわいてくる。
と、以前にも同じような会話をしたような既視感を覚えて、元の世界の円から聞いたものだと思い出した。
あの時円は、央についていくだけだから眼鏡やコンタクトは必要ないと、そう言っていた。

「……で、どうなんです?」

「は? 何のことよ?」

「だから、弱視で性格悪い僕の事、あなた好きなんですよね?」

「……そう並べられるとすごく私の趣味が悪いみたいじゃない」

確かに円のことは好きだが、その言い分に頷くのはどうかと眉をしかめれば、ぐいっと腕を引かれて、円の腕の中に抱き寄せられた。

「ちょっ……! だから、近すぎだって……」

「……言ってくださいよ。僕ばかりあなたを求めてるなんて不公平じゃないですか」

言葉の内容は勝手だけど乞う声には本音が混ざっていて、撫子は逡巡すると「好きよ」と呟いた。

「なんですか? 聞こえなかったんですけど」
「……絶対聞こえてたでしょ」
「聞こえてません。もう一度言ってください」

こうなると円が頑ななことはわかっているから、小さく息を吐くと腕を伸ばして円を屈ませ、耳元で告げる。

「――円のことが好きよ」
これでもう聞こえなかったとは言わせないわよと身を離そうとした瞬間、腰を引き寄せられて、覆いかぶさるように唇を塞がれる。

「……っ、…ん……っ」

「僕の事誘ってますよね。違うとは言わせませんよ。そんなふうに恋人に囁かれて反応しない恋人なんてありえませんから」

じっと見つめてくるのは弱視である円がよく見ようとする癖のようなもの。
けれどもわかっていても近距離で覗き込まれるのは心臓に悪く、ましてや今向けられている視線がただ何かを確認するようなものでないことはわかっているから、ドキドキと激しく胸打つ鼓動に身を震わす。

意地悪で強引な、それでもその手を振り払う気がないのは円の言う通り、撫子自身彼を好きだからだと認めると、言葉とは相反する労わるような優しいキスに撫子の身体がソファに沈んだ。
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