円撫2

「どうしたんです?」
「これ……タトゥーよね?」
「そうですけど」

撫子が知る限り円がこのようなタトゥーをしていたことはなく(彼女が知る円は小学生だから当然だが)、また将来的にもするとはとても思えず。
同じ人だけど違うのだと、改めて感じて撫子は複雑そうに眉を歪めた。

「痛くなかった……?」

「別に。今時こんなの珍しくもないですし」

「そう……なの?」

「ええ。ああ、お子様には刺激が強いですかね?」

「体を傷つけることが大人だなんて思う方がおかしいわよ」

からかうように口元をつりあげた円に、撫子はムッと目元をきつく細めて顔をそらした。
撫子の視線が消えた瞬間、円の顔から笑みが消える。
円が己の身体にタトゥーを刻んだのは、両親や央と生き別れ、CZに身を置くようになってから。
自分は『英円』ではなく、CZ幹部の『ビショップ』なのだと、そう知らしめるかのように、気づけばこの身に刻んでいた。

「……確かにその身体にはあなたがつけたキズはありませんものね」

その昔、脅迫された円が彼女を呼び出したせいで車に轢かれた撫子。
今の彼女にその記憶は存在しないが、その身体にはその時のキズが刻まれていた。

「望むなら刻んであげましょうか? 消えない痕を」

傍らに座っていた彼女を抱き寄せ耳元で囁けば、びくりと大きく震える身体。
惑いの瞳で見上げる撫子に、くつりと喉を鳴らすと頬にそっと手を這わす。
白く滑らかな肌は透き通るように美しい。
それは長年眠り続けていた彼女を守り続けていたキングの想いゆえ。
そのことがひどく苛ただしくて、爪を立てたい衝動に襲われる。

「……っ、からかわないで……っ!」

肩を震わせ、円を睨む瞳は扇情的でしかなく、身の内からの衝動に眉を歪めた。
ずっと苛立ってきた。
それは行き場のない怒り。
彼女の人生を円が狂わせ、また円の人生も彼女に狂わされた。

「そんなことしませんよ。キングがうるさいですし、面倒ごとは嫌いなんです」

タトゥーを刻んだり、ピアスを開けたり。
そんなことが大人の証だなどと、円も思っているわけではない。
それでも、身の内で荒れ狂う逃げ場をなくした感情の行き場が、どうしようもなく彼を責めたてた。

「……っ、いちいち顔を近づけないで! 大体いつも気軽に人に触れすぎなのよ!」

「ボクが目が悪いのは、あなたも知ってるでしょ?」

「触れる言い訳にはならないわ」

「ああ、触らないとあなたかどうかわからないもので」

適当な言葉を吐けば、やはり偽りだと見抜いている撫子は頬を膨らませて顔を背けた。
ころころと変わる表情は、ずっと地下深くで眠り続けていた彼女とは別人……そう、別人なのだ。

「じゃあ、僕は行きます。これでも忙しい身なんで」
「あ……」
「なんです?」

立ち上がって身を翻す円への呟きを拾って見返せば、わずかな躊躇いの後に告げられたのは御礼の言葉。

「……ありがとう」

「…………は?」

「……っ、だから、ありがとう、って言ったのよ」

「何に対しての礼だか全く分からないんですが」

「………っ、心配してくれてありがとうと言ったのよ!」

「心配……僕が? あなたを?」

「………もういいわ」

予想外の言葉に狐につままれた状態の円に、撫子は真っ赤な顔を隠すように背を向ける。

「ああ」

「?」

「もしもタトゥーを彫りたいなら、僕に言ってください。僕とお揃いにしてあげますよ。まあ、あなたにそんな勇気があれば、ですけど」

「……っ。余計なお世話よ!」

「それならいいです」

ふん、と今度こそ振り返らないと背を向ける撫子に微笑むと、彼女の部屋を後にする。
彼女の体に傷をつける……それを他のものになど許せはしない。

(あなたはそのままのあなたでいてください)
心の中で呟いて、円はビショップへと戻った。
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