戯れの代償

円撫11

――央と付き合うことにするわ。
撫子の突然の宣言に、「は?」と円は珍しく棘のない、間の抜けた声を発した。

「あなた、何言ってるんですか? 気でも触れたんですか?」

「相変わらず失礼ね。気なんて触れてないわよ。央はそんな意地悪なこと言わないもの」

央は、という言葉に黙り込む円。
比べるような物言いは意地悪いかと心が痛むが、いつもは円が振り回してばかりなのだ。
たまの意趣返しぐらい許されるだろう……たぶん。

「――そうですか。鞍替えしたということですか」

言葉にすればずいぶんな内容だが間違ってはなく、撫子の反論はない。
その無言の肯定に眉を寄せると、認めませんよと低く呟き、抱き寄せた。

「ちょ……っ、円?」

「認められるわけないでしょ。大体、純真なぼくを惑わしておきながらその兄となんて極悪すぎやしませんか?
あなた、いつからそんな悪女になり下がったんですか? ああ、そういえば振り回すのはお手のものでしたね。
ぼくはあなたの手の上で転がされていたというわけですか。とんだ道化ですね」

流れるような批判の言葉を告げながら乾いた自嘲を浮かべる円に、撫子は焦る。
今日は嘘をついていい日だとは言っても、それはあくまで悪気のない他愛無いものでなくてはいけない。
これはついてはいけない類の嘘だ――円の反応でそれを確信して、慌てて訂正しようとして。
つい、とあげられた顎に身の危険を感じる間もなく、近づいた端正な顔に唇を奪われた。

「ん……や……ちょ……っ」

「ん……はぁ……。暴れないでください。キスできないじゃないですか」

「どうしてさっきの流れでこの行為につながるのよ。……ん……ふ……ぅ」

必死に紡ごうとする言葉を次々と封じられて、甘い刺激に思考がまとまらなくなっていく。
時間にしてどれぐらいたったのだろう。
3分? 5分?
いつもより長かった気がする。
すっかり撫子の気力が失せたところでようやく唇は離れ、澄んだアメジストの瞳が撫子を見つめた。

「央は確かにいい男ですが認められません。あなたがぼくに愛想を尽かしたのなら取り返します。あなたはぼくが選んだ女性なんですから」

真剣なまなざしで続く甘言に、顔が赤く染まっていく。
もうこれ以上は堪えられないと、撫子は白旗を上げて円を見た。

「嘘、よ」

「………………は?」

「だから、嘘だって言ってるのよ」

「嘘……」

「今日はエイプリルフールでしょ?最近、日本でも企業がジョークサイトを作ったりするようになったじゃない。だから……」

嘘をついたのだと続けると、円がぴしりと固まった。
そのままぴくりとも動かない円を撫子が心配そうに覗き込むと抱き寄せられて。
一瞬にして反転した景色に、我が身に危険を感じる。

「ま、円? 怒ってる……のよね?」

「怒ってませんよ。ただ、あなたを抱きたくなっただけです。他意はありません」

「……怒ってるじゃない」

こんなまだ明るいうちからそのような行為に及ぶなど、撫子が最も恥じらうことを円は知っていて、普段はその思いを尊重してくれていた。
それを覆そうとするところに怒り度合いが見え隠れして、撫子は自分の過ちを深く後悔する。

無駄と知りつつ謝り許しを乞うか、何とか宥めてせめて暗くなってからと妥協してもらうか。
忙しく頭を働かせる撫子に気づきながら、円は一切の要求は認めないとばかりに深く口づけ、甘い混濁へと引きずり込む。

撫子は知らない。エイプリルフールの嘘は午前中まで。
午後を過ぎたらそれはただの偽りでしかなく、その後にふりかかる出来事はすべて身から出た錆なのだと。
ほんの少しの遊び心がとんでもない出来事を招くことがある。
それを撫子は4月1日に学んだのだった。

「……はぁ……んっ……円、もう……」
「だめです。まだ足りません。純真なぼくの心を深くえぐったのはあなたでしょう?
慰める義務がありますよね。責任もってぼくを慰めてください。当然ですよね?」
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