「Trick or treat」
「お菓子はあげますが、倍返しでお願いしますね。ああ、もちろんとびきり甘いものをですよ」
限定菓子を手に、差し上げますがどうせなら決め文句を言ってくださいと求められ、告げた撫子に返ってきたのが先程のセリフ。
言葉通りならば、生クリームたっぷりのショートケーキや、シロップ漬けの果物をふんだんに使ったタルトなどが候補なのだろうが、きっと円が求めているのは違うだろうと、今までの経験から感じた撫子は、口元に手をやり考える。
ネギ類以外はなんでも食べれるようだが、とりわけ卵を使ったものが好物なのだと、いつだかこっそり央が教えてくれたのを思い出す。
「……わかったわ。円が好きそうなものを見繕っておくわね」
倍返しというのなら多めに買えばいいのだろうと算段をつけていると、円が呆れたようにため息をつき、片目で撫子を見やる。
「あなた、絶対意味わかってませんよね」
「わかってるわよ」
「いいえ、わかってません」
いつもながらのぴしゃりと突き放すような断定に撫子がムッと睨むが、その目は彼を煽るものでしかないのだと、何度言ってもわかっていない彼女に、円はツ……と口角をあげた。
「僕が欲しいものは、店で買えるものではありませんよ」
「え? 手作りしろってこと?」
「作る必要もありません」
買うのでもなく、作るのでもない。ではどうやってスイーツを手にしろというのか、撫子が理解できないと柳眉を潜めると、円がずいっと顔を近づけた。
「僕が望むもの……わかりましたか?」
「円が偏屈だってことはわかったわ」
央特製・ハロウィン限定スイーツ欲しさに、ハロウィンの決め台詞を円に言ったのがそもそもの間違いだったのだと、後悔するが後の祭り。
覆水盆に返らず――言葉にしたものは取り消せないのだから、ここは腹をくくって円の望むとびきり甘いものを倍返しするしかないのだろう。
「恋人に向かってひどい物言いですね。身内だからとズルをするのは気が引けるとあなたが言うから、わざわざ朝一で買いに行ってきたこの僕に」
「それは本当にありがたいと思ってるわ」
本来なら自分で買いに行きたかったが、どうしても外せない実習があり、泣く泣く諦めようとしていたところ、円が買ってきてくれたのだ。
「だから、倍返しもその労力を考えれば妥当だと思ったんじゃない。問題は、円が何を欲しいのかわからないことよ」
とびきり甘いもの。
曖昧な物言いに、撫子なりに甘くて美味しいものを考えてはみたものの、彼はまるで言葉遊びのように次から次へと否定していくのだから、撫子が拗ねるのは当然だった。
「まったく……恋人の定番でしょう。とびきり甘いものは、撫子さん、あなたですよ。……ちょっと、なに引いてるんですか?
あなたがわからないと拗ねるから、わざわざ教えてあげたというのに」
「呆れてるのよ」
帰ってきた夫に、「ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」なんてわからないやり取りを以前耳にしたことがあったが、円の要求はこれに近いものだった。
「それで? もちろんくれるんですよね。あなたを」
「どうしろって言うのよ」
「あなた、明日の実習は午後からだと言ってましたよね。でしたら、今日は泊まっていっても構いませんよね?」
「そうだけど、泊まると家のものに言ってないわ」
「では、電話をどうぞ」
にこりと笑顔で促されて、撫子が諦めのため息をつく。
そういえば最近、実習が忙しくて円と会う時間を取れずにいた。
だからこれは、遠回しの寂しいのサインなのだろう……ものすごく回りくどいところが円らしい。
「ああ、倍返しの約束を忘れないでくださいね。たっぷり甘いあなたを味わわせていただくつもりなので」
「……明日実習があるのよ」
「仕方ないので、その分はツケにしますよ」
撫子の電話が終わるのを待って差し出された手に、素直にその身を預けると、沈んだ身体に円が覆いかぶさった。