誕生日

円撫10

4月11日は撫子が交際している、英円の誕生日。
だが今、彼女の手にプレゼントはない。
彼から何もいらない、絶対に用意しないようにと、何度となく念を押されてしまったからだ。
もちろん、そんなわけにはいかないと撫子も粘った。
大切な人だからきちんとお祝いしたいのだと、恥ずかしい気持ちを堪えて言い募りもした。
でも、円の主張は一向に変わらず、当日の朝に英家を訪れることだけを約束させられ、今に至っていた。

「本当にいいのかしら……」

さすがに家を訪れるのに手ぶらとはいかず、彼の家族用にと買い求めたものを持参したが、やはり今日の主役は円なのに何も贈れないというのは寂しく、撫子はきゅっと唇を噛むと何とか説得して一緒に買いに行こうと心に決める。

相手の喜びそうなものを考え、プレゼントを選ぶ楽しみはなくなったが、円自身が気に入るものを選べるのならそれもいいのかもしれないと、自身を納得させるとインターホンを押した。

出迎えてくれた円に、勘違いされないようにご家族にと言い添えて手土産を渡すと、気遣いは不要ですよと言いつつ素直に受け取ってくれたことにほっとしながら部屋へと連れていかれる。

以前は央と2人一緒の部屋だったが、集中して作業することの多いジュエリーデザイナーという仕事柄もあって、今はそれぞれ部屋を持っていた。
出会った頃の円なら、どんな理由があっても央と別になることを拒んだだろう。
けれども今は、共になくても彼らが兄弟でなくなることはないのだと信じられる……その変化が嬉しくて、撫子は部屋に入るたびに微笑んでしまった。

「なんですか、その保護者のような目。いい加減やめてほしいんですけど」

「いいじゃない。喜んでるのよ。悪いことじゃないでしょ?」

「悪いです。いつまでも子どもの頃のことを引っ張り出さないでください」

撫子より1つ年下であることを気にしているらしい円の言い分に、仕方なしにわかったわと頷くと、改めて円に向き直った。

「円、お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。実習は大丈夫でしたか?」

「ええ。どうしても外せないものは重ならなかったの。やっぱり当日に顔を見てお祝いしたいし」

撫子の実習と、円の仕事と、普段もなかなか都合をつけるのが難しいのだが、今日ばかりは円を優先したいのが撫子の本心で、それが叶えられたことに安堵していた。

「夜はお父様方とお祝いするのよね? だったら、その前に少しだけ街に出れないかしら?」

「そうですが……何か欲しいものでもあるんですか?」

「やっぱり円に何か贈りたいのよ」

「何もいりませんと、この前言いましたよね?」

「……どうしてそんなに私が贈るのを拒むのよ」

今までにも時計や洋服などを贈っていたし、円も素直に受け取ってくれていた。
拒まれたのは今回が初めてだった。

「あなたからもうもらってるからです」
「どういうこと?」

プレゼントを買えていない撫子から何をもらったというのだろうと首を傾げると、鈍いですねとため息交じりに呟かれてムッとする。
だが、喧嘩をするために来たわけではないと苛立ちを飲み込むと、アメジストの瞳が思いがけず強い光を宿していることに気がついた。

「今日をあなたと過ごせる時間です。だから、あなたが隣にいてくれるなら、他には何もいりません。……なに驚いてんですか。素直になれってうるさいから、本音を言っただけですよ」

それは思いがけない言葉で、だから撫子が驚きに言葉を紡げないでいると、円の目尻が淡く染まる。

「……正直、あなたと過ごすようになって誕生日が好きになりました」

幼い頃は、自分だけが本当の家族じゃないと知ってショックで、誕生日を祝われることさえ家族に迷惑をかけているのではと、嬉しいのに素直に喜ぶ事が出来なかった。
けれども撫子と会ってわだかまりは解かれて、家族が自分に向けてくれる愛情を素直に受け止められるようになった。
そして、彼女がおめでとうと言祝いでくれるのが嬉しくて……幸せで、いつの間にか誕生日が好きになっていた。

「だから、今日はずっと、僕のことだけ見ててください。贈り物を選ぶより、僕を見てください」

囁くように乞う声に、否など言えるはずもない。
わかったわと頷くと手を引かれ、胸の中へと閉じ込められる。

「ま、円?」

「安心してください、こんな朝っぱらから襲ったりしませんよ。ああ、あなたが希望するならお応えしますけどね?」

しないわよという反論をキスで塞がれ、それでもこれだけは断固拒否しなくてはと、霞みかける意識の中で撫子はしっかり心に誓った。
円が撫子と共に在る時間を望むこと。それは撫子自身、重なる望みだった。

Happy Birthday Madoka!!

2017.4.11
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