「理一郎って童貞?」
鷹斗の質問に飲んでいた酒を噴き出すと、おかしなところに入り込んで激しく咽る。
そんな俺を困ったように見つめる鷹斗の瞳に悪気はなく、だからこそこんな事を言いだした真意に眉間にシワが寄った。
「ごめん、バカにするつもりはないんだ。ただ、そうなら困るだろうなって思って。理一郎、エロ本とかも読まないでしょ」
「……お前は読んでるのかよ」
「ん〜まあ、それなりにはね」
返答に逆に驚いて、まじまじと見つめてしまった。
確かにエロ本など買ったことはおろか、見たこともなかった。
秋霖学園では年頃の男ならネタに出そうなそうした話もなく、仲間内でも不思議となかったからだ。
「別に読まなきゃいけないわけじゃないんだけどね。困るんじゃないかなって思って」
「何に困るんだよ」
「撫子と結婚してからだよ」
口にしていなかったから咽せはしなかったが、持っていたグラスは盛大に揺らしてしまい、またも汚れたテーブルを布巾で拭いながら、鷹斗の言葉が頭を巡る。
確かに結婚すればそうした行為もするだろう。
だが深く考えたこともなく、流れでなんとかなるんじゃないかと思ってしまう。
「なんとかなるって思ってるかもしれないけどさ。それじゃ撫子を傷つけない?」
「!」
「撫子も当然そうした経験はないだろうし、童貞処女の初エッチって高確率で女の子がエッチ嫌いになるらしいよ。まあ受け入れるのは女の子だし、ただでさえ破瓜は痛いらしいから、そのうえで男に知識がなかったら和らげる事もできないよね」
鷹斗の話がグサグサ刺さり、頭の中が真っ白になる。
言われてみれば確かにそうだろう。
俺は女の子が気持ちよくなる方法なんて知らないし、挿入する場所を見つけられるかさえ分からない。
医学書を見れば分かるかもしれないが、気持ちよくさせる方法なんて書いてあるはずもない。そんなことを考えて青ざめる俺に、鷹斗が封筒を差し出した。
「初心者向けのマイルドなものだけど、最低限のことは分かると思うよ」
「お前、なんでこんなの……」
「あ、勘違いしないでね。使い古しとかじゃないから。俺はね、撫子に幸せになってもらいたいんだ。もちろん理一郎にもだけど」
にこりと笑うその顔を見て複雑な思いがよぎるのは、鷹斗がずっと撫子のことが好きなことを知っているからだ。
だと言っても譲れはしないが、それでもこんな敵に塩を送るようなことをするのになんとも思わないはずがなかった。
「俺の趣味とかじゃないからね。あくまで一般的かなって思ったものだから」
「あ、ああ」
「理一郎。撫子を幸せにしてくれるよね」
向けられた眼差しの強さに、ぐっと息を呑む。
その思いに報いるべくしっかり頷くと、ふわりと笑みが緩んだ。
「余計なお世話かなとも思ったんだけどね。心配でつい」
「いや、助かった」
「あ、やっぱり読んだことなかったんだ?」
「ああ」
二人だからこそあけすけなことも言えて、鷹斗の質問に素直に答えると苦笑される。
「やっぱり理一郎はずるいよね」
「なんだよ、それ」
「潔すぎて意地悪もさせてくれないんだから」
「意地悪だったのか?」
「違うよ。でもまあ、少しは気まずいかな」
「それは当たり前だろ」
親友にエロ本を渡すなんて俺にはできないし、こうした話を鷹斗としたこともない。
「まあ、それは初級編として他にも知りたいと思ったら自分で探してみてよ。店頭に行かなくても手に入るし、出版社が分かれば理一郎でも探せるでしょ?」
「あ、ああ」
話し終えたと手元の酒を煽る鷹斗に、帰ったら早速中身を確認することを決めた。