終わりの始まり

撫子

目に映るもの寂しい風景。
澱んだ空に崩れた建物。
乾いた大地には花はおろか、草さえない。
世界がこのような姿になった原因が自分にあることを知った時、撫子はどう意識を保ったのか覚えていない。

9年前、この世界の【九楼撫子】が事故に合い、目覚めることのない眠りについたのがすべての始まりだった。
無残に踏みつぶされた少年の初恋は、彼に狂気を抱かせた。
深すぎる想いは彼の持つ知力によって、歪んだ形でその願いを叶えてしまう。

予想外の爆発。
それは生物以外のすべてを壊してしまった。
神々の黄昏――後にそう呼ばれる世界改変は、神の手ではなく少年によってもたらされたもの。
彼が焦がれる少女の目覚めのために。



撫子がこの世界のことを夢見るようになったのは、小学6年の秋だった。
陽の射さない空に、廃墟のような街。
まるで戦争でも起こったかのように建物は崩れ去り、人の気配のしない街は撫子が見たことのないもので、どうしてこのような夢を見たのだろうと、眠る前の行動を思い返したが、まるで思い当たる節はなかった。
そんな世界を、一人目的もなく歩き続ける。
目が覚めるその時を待ち望んで。

「今日もこの夢を見ちゃったのね……」

辺りの景色にため息交じりに呟くと、今日も目が覚めるまで歩き続けるしかないのかと気が滅入る。
この陰鬱な夢から目覚めた後も、熟睡できていないからなのか妙に体がだるく、日に日に疲弊していくのを感じていた。

「たまには違う楽しい夢を見たっていいじゃない」

どうして毎日同じ夢を繰り返し見るのか?
それも見たことのない風景を毎夜毎夜一人で彷徨わなければいけないことが苦痛で、撫子は理一郎にこの夢のことを打ち明けたが、たかが夢だと切り捨てられていた。

「まあ、そうよね」

たかが夢。
なのに、なぜこんなにもリアリティがあるのか?
こんな世界が出てくる映画を見たわけでもないし、本を読んだわけでもない。
クラスメイトが話すのを聞いたわけでもないし、戦争のニュースを観たわけでもない。
何一つ、こんな夢を見る理由が見当たらないのに、毎夜毎夜繰り返し廃墟の街を夢で歩かされるのだ。

「……今日はどこに行こうかしら」

ただその場に居たって目が覚めるわけではない。
それならこの世界を知る方がまだ有益ではないか? 
そんなふうに無理に自分を納得させて、撫子は今日も一人壊れた世界を歩き回る。

――この世界が近似値の未来だと知る由もなく。
ましてやこの世界が壊れた原因が自分にあるなど知りもせず。
彼女のあずかり知らぬところで少しずつ、少しずつ、時間は歪められていた。 彼女を強く求める者の手によって。


「じゃあ、はじめようか。【CLOCK ZERO】――時を止める計画を、ね」


何が起こったのかわからなかった。
レインの言うことも終夜が言うことも理解できず、自分を救おうと立ち向かってくれた鷹斗と理一郎の手を握ることもできず、歪んだ景色に意識を失い、目覚めた場所は夢の世界。

何が起こったのか理解する時間も与えられず、彼ら自身の願いを叶えるために駒のように扱われ、元の世界に帰りたいと今度は夢であちらの世界を見る切なさ。
大切な仲間たちは、けれども撫子と同じ時間を共有しておらず、他人のように接してくる。
どうして?
どうして?
痛みを伴う疑問ばかりが溢れてどうしようもなく帰りたくて、けれどもそれは叶えられない。
立ち止まることも許されず、戻ることも叶わず、やがて撫子は決意した。
――再び、時計は動き出した。
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