コワレタセカイ

鷹撫

君のことが好きだと、大人の……神賀先生の姿の鷹斗が言う。
私を、【九楼撫子】を目覚めさせたくて、鷹斗が行ってきた様々なこと。

研究の結果起こった神々の黄昏と呼ばれる爆発。
それによって壊れてしまったこの世界も、【撫子】を目覚めさせるために私のいた世界の時を停めたことも、私をこの世界に連れてきたことも、すべては今私がこうして彼の前に立つためだったと、そう言ってしまえる鷹斗がたまらなく怖かった。

鷹斗が私を……【九楼撫子】を好きだったことは以前、神賀先生として傍にいた時に聞いていた。
事故に合ったこの世界の私がずっと目覚めなかったことも、鷹斗がそんな私をずっと想っていてくれたことも知っていた。
そんなに想われて相手は幸せだろうと、そんな感想まで抱いていた。

けれども、これは違う。
だって、私は私だ。
鷹斗が知る私といくら近似値にある存在だと言っても、今の私は鷹斗と知り合って1ヶ月しか過ごしていない。
しかもそれは、目の前の鷹斗と過ごしたものではない。
どんなに似ていても、同じじゃない。
だから好きだと告げられても素直に頷けるはずもなく、信じてほしいと言われてもわからないと返すのが精いっぱいだった。

「時間がかかってもいい。いつまでも待ってるから。……俺のこと、好きになって」

切実な声に胸が痛んでも、それでも応えることなどできるはずもなかった。
――だって彼が愛した【撫子】は、私じゃないのだから。


違和感だらけの世界。
その世界で最も違和感が大きいのが――鷹斗。
今、私が在ることを喜んで、一緒に朝食を食べようと紅茶を淹れ微笑む。
壊れた世界に似つかわしくない、元いた世界と遜色ない食事。
外の壊れた世界と違う、整えられた建物。

彼の目の前にいる自分は、彼が愛した【撫子】とは異なる存在なのだと、たとえこの身体は彼の知る彼女のものだとしても、その人間を形作る記憶や感情、そういったものは彼女ではなく自分なのに、それでも鷹斗は何も不思議に思わないようで、【撫子】と平然と呼びかける。
そのことが何より撫子を怯えさせた。

このままではいずれ自分は消されてしまう。
いや、すでに【消えて】いるのかもしれない。
中身だけ……彼の愛する存在が再び動くためだけに連れ去られた自分の本来の身体は、停まった世界に置き去りなのだから。

人が人として存在するのに、中身と外身は表裏一体。
どちらか片方の存在は人と認識されない。
――この世界の私が、医学的には【死んで】いると判断されたように。

ねえ、あなたが微笑みかける私は誰?
九楼撫子は本当に存在しているの?
眠りについてしまった【私】の意識はなくて、中身は小学生のままで大人の身体で動く私。
あなたにとって、私はただ九楼撫子の姿で動き、話せばいい存在なの?
そんなの、本当にあなたの知る【九楼撫子】なの?
――違うと、そう心が悲鳴を上げる。


この世界の鷹斗を知れば知るほど怖くなる。
逃げ出したいのに、けれども自分のせいで壊れた世界を知った今ではそれもできなくて。
一変した世界を前に、撫子はそれでも立ち向かうことを決意する。
受け入れられないのなら立ち向かうしかないのだから――。
Index MENU ←Back Next→