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理撫2

朝目覚めると、隣りにあいつがいて。
俺が目を覚ました気配に気づいて目覚めたあいつが、ふわりと微笑みおはようと告げる時。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、コーヒーのいい香りがして、エプロンをつけたあいつがキッチンで料理をしている姿を見た時。
ああ、撫子は自分の傍にいるんだと実感して、幸福が満ちてくる。

時空を渡る術を得て、撫子が事故に合う瞬間を目の当たりにした時からずっと、繰り返し見るあの事故の瞬間の夢はもう見ることがなくなったが、刻み込まれた喪失感は時折不意に思い出されて、そんな時理一郎は撫子を抱きしめずにはいられなかった。
撫子はここに、いる。
触れてその体温を感じて、どうしたのよと頬を赤らめる撫子を見て、その存在があることを確認して、ようやくその腕を離せた。

「ああもう、またちゃんと髪を拭ってないのね」
「すぐに乾くんだからいいだろ」
「シャツが濡れちゃうじゃない」

綺麗な髪を持つ撫子は、普段から丁寧に髪を扱っているからか、理一郎の大雑把な拭い方では納得できないようで、目をつり上げながら手を伸ばしてくるのを半ば諦め受け入れるようになった。

始めこそ恥ずかしく、男だしそんな丁寧にする必要はないと固辞したが、言い出したら引かない撫子の性格に諦めてしまったのだ。
それに本音を言えば、こうして彼女に髪を拭われるのは恥ずかしくもあるが、特別な存在であるということを感じられて嬉しくもあった。

「もういいだろ。朝食が冷めるぞ」
「理一郎がちゃんと拭ってこないのが悪いんじゃない」

理一郎の言葉に唇を尖らせるも、髪の水分はすっかりタオルで拭き取れていたので納得できたのか、腕を下すと簡単に手櫛で髪を整えてから傍を離れていった。
結婚前に一通り習ったという料理の味は悪くなく、毎日こうして撫子が作ってくれる朝食を共に食べる時間が何より幸せだった。

「撫子」
「なに?」
「……ありがとうな」

礼を述べるとぱちりと音が聞こえそうなぐらい瞳を瞬いて、「素直な理一郎って違和感あるわ」と失礼な感想を告げる撫子に眉を歪める。
確かに幼い頃は素直になれなくて憎まれ口をたたくことが多かったが、それは子どもだったからで今は理一郎にも分別がある。
当たり前のように彼女が傍にいる日常が当たり前ではないことを、一度身をもって体感したのだ。 だから彼女のこうした物言いにも反論はせずにいると、照れくさそうにありがとうと返す撫子に微笑みが漏れる。


朝目が覚めて、隣りにあいつがいて。
家に帰ればただいまと出迎えられて、夜おやすみと共に眠る。
そんな日常がどれほど尊いか、理一郎は知っているから、だから目の前のかけがえのない存在を愛おしまずにはいられない。


「撫子」

「なに?」

「どこか出かけたいところはあるか?」

「……やっぱり優しすぎる理一郎は気味が悪いわ」

「今日はいい夫妻の日なんだから、たまにはいいだろ」

理一郎の言葉に瞳を一度瞬くと、カレンダーを見る撫子。
今日は11月23日。
最近では語呂合わせで『いい夫妻の日』と呼ばれるようになっていた。

「理一郎がそんなこと言いだすなんて、雪でも降るんじゃないかしら」
「おい……」

あんまりな物言いにさすがにムッとすると、くすりと微笑まれて。
「理一郎と一緒なら、家でもどこでも幸せよ」なんて告げる撫子に、気づくと立ち上がって彼女の唇を塞いでいた。
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