テーブルから溢れるぐらいの料理とケーキ。
それらを用意した市香は、時計を見つめて、今日何度目かのため息をつく。
彼女がいるのは、恋人である笹塚尊の家。
彼の誕生日である6月8日に休みを入れて、朝から張り切って仕込みをし、彼の帰宅を今か今かと待ち構えていたのだが、22時を過ぎた今も彼からのLEAFはなかった。
職業柄、誕生日だからと早く帰れるはずもなく、特に笹塚の所属するサイバー犯罪対策課は少数精鋭で、その中でもとりわけ優秀な彼は重要な案件を任せられることも少なくなく、署に泊まり込んだり、家に着替えに帰るだけということも多かった。
けれども、それをわかっていても恋人の誕生日を祝いたいと思うのは彼女としては当然で、主不在の部屋で市香は再びため息を漏らす。
「料理、冷めちゃったな……」
もちろんこうした事態も想定してはいた。
でも、出来れば今日、彼におめでとうを直接伝えたかった。
「もう少し待って連絡なかったら、冷蔵庫にしまわなくちゃ……」
料理を保存容器に入れれば、温め直して食べる事が出来る。
けれども、ケーキはスポンジが硬くなってしまうため、市香が腹に収めるしかない。
甘いものが好きな彼のためにと張り切ったケーキだから食べてほしかったな……と、横目でケーキを見ながらぽふんとベッドに身を預ける。
こうしているとまるで彼に抱きしめられているようだと思いながら、市香は眠りへと誘われた。
笹塚が帰宅したのは、時計の針が0時を過ぎる直前だった。
自宅で待っているという市香に、帰宅の連絡を入れたが返信はなく、苛立ちと焦燥に苛まれながらドアを開けると、目に飛び込んできたのはテーブルに並べられたご馳走とケーキ。
料理上手な市香が、こうして自分のために料理をしているだろうことは想定内で、だからこそ早く帰ろうとはしたのだが、仕事を放りだすわけにもいかず、結局帰れたのは誕生日が終わるギリギリだった。
誕生日など自身でいえばどうというものでもない。
この年にもなって誕生日を祝われたいなどと思うわけもなく、ましてや母を失ってからは縁遠いイベントだった。
けれども、市香が笹塚の誕生日を祝いたいと言った時に断らなかったのは、自分に向けられる愛情が嬉しかったから。
もちろん、素直にそんなことを言うはずもなく、「したければ勝手にしろ」とにべもない返事をしたのだが、市香はこうして笹塚の誕生日を祝おうと訪れ用意してくれていた。
「寝てるのか……」
料理の傍らですよすよと眠ってる姿を見つけると、上着を脱いで傍に寄る。
ベッドに座ればスプリングがきしんで、その振動に市香が目を覚ました。
「……笹塚さん?」
「ん。遅くなって悪かったな……」
「……! 今、何時ですか?」
ぼんやりと寝ぼけた眼差しを向けていた市香だが、笹塚の姿を認識した途端、がばりと身を起こして時計を見ると、力なく肩を落とした。
「……誕生日、終わっちゃいましたね」
「終わってないだろ」
「え?」
きょとんと首を傾げる市香を抱き寄ると、唇が触れる寸前で甘く囁く。
「まだ、お前から祝われてねえからな」
「あ……! お誕生日おめでとうございます、笹塚さん!」
「ん。サンキュ。これ、食っていいんだろ?」
「あ、待ってください。今、温め直しますから」
「いい」
立ち上がろうとする市香を腕に捕らえながら、ケーキの生クリームを指ですくうと、食んでニヤリと笑う。
「上出来だ。もちろん、全部俺のだな?」
「夜遅くに甘いものをこんなに食べたら太りますよ?」
「食後の運動付きだから構わないだろ」
笹塚の言葉の意を正確に理解した市香が頬を赤らめたのを確認すると、一度その身を開放してケーキを手に取る。
『HAPPY BIRTHDAY』と書かれたチョコプレートを口にすると、いつもよりもずっと甘く感じられて、それが隣りにいる存在故だと理解して、知らず口元に笑みが浮かんだ。