「Trick or treat?」
市香の言葉に目を丸くした白石は、「ああ、ハロウィンだっけ?」と詰め込んだ知識から正しい答えを導き出す。
幼い頃からアドニスの施設で育った白石は娯楽に興じることはなく、知識として知っていても経験したことがないというものが多く、ハロウィンもその1つだった。
「ちょっと待って。そう言われたらお菓子をあげないと悪戯されちゃうんだよね? えーと……」
「ふふ、せっかくだからちょっと言ってみただけなので気にしないでください」
焦って家の中を漁る白石に、ほんの悪戯心だった市香が声をかける。
「ダメだよ。それがハロウィンの決まりなんでしょ? あーこれしかないや……」
白石が手にしているのは、スーパーで購入したらしい菓子パン。
最近卵焼き作りに夢中で度々スーパーに出向いているらしく、あまり量を食べない白石が市香と会えない時の手軽な食糧補給用に買ったものらしかった。
「今はこれしかないんだけど俺の食べかけだしいらないよね? どうしよう……」
本気で困っている白石にこれ以上悩ませるのも気の毒で、市香は彼の手にした菓子パンに目をやるとそれをくださいとねだる。
「え? だってさっきも言ったけどこれ、俺の食べかけだよ?」
「大丈夫です。クリームパン最近食べてなかったので、ちょっと懐かしいなって思ったんです」
「適当に手に取ったんだけど甘くて全部食べきれなくて。……本当にこんなのでいいの?」
「はい」
渋る白石に再度頷けば、逡巡した後に手渡され、食べかけのクリームパンを見る。
「食べかけってことは白石さん、これ以外に何も食べてないんですか?」
「うん。元々あんまり食べないし、君が三食食べた方がいいっていうから食べるようにしたけど、やっぱり気が向かなくて」
「だったらオムライスを作ります。白石さん、それなら食べれますか?」
「市香ちゃんの作るものはみんな美味しいから好きだよ。嬉しいな」
「残りご飯少なめだけど、夕飯とそれほど間があかないから軽めでいいですよね?」
勝手知ったるの白石の家の冷蔵庫を覗いてオムライスの算段をつけると、彼とお揃いで購入した市香用のワンポイントに黒猫があしらわれたエプロンを身につけ、慣れた手つきでオムライスを作っていく。
「市香ちゃんはオムライスいいの?」
「私は朝食べてきましたし、これをもらいますので」
先程のクリームパンを手に取ってぱくりと食むと白石の頬が赤く染まる。
「白石さん? オムライス熱かったですか?」
「……違う。その、それって間接キスになるんじゃないかな……って」
「え……?」
白石の指摘にクリームパンを見て、急激に顔が赤らんでいく。
女同士のあげ合いっこの軽いノリで食べてしまったが、考えてみればこれは彼の食べかけのパンで、確かに間接キスなわけで。
「す、すみません……!」
「う、ううん。元々は俺がそれを君に渡したからだし……ただちょっと恥ずかしいかな」
照れくさそうに視線を逸らす白石にいたたまれず、けれども残っているクリームパンをいらないと返すわけにもいかず、市香は顔を真っ赤に染めたまま、ぼそぼそとクリームパンを食べ続けた。
味がまったくわからなかったのは言うまでもない。
2018ハロウィン企画