訪れた彼女の部屋でそれを見つけたときは本当に驚いた。
だってそれは、彼女にとっては『知らない』もの。俺だけが知る思い出のはずだった。
「市香ちゃん……それ、どうしたの?」
「私も誰に貰ったものなのか分からないんですが捨てられなくて」
「そ、うなんだ」
一瞬詰まった言葉に違和感を覚えたのだろう、市香は白石を見上げる。
「もしかして、白石さんはこのぬいぐるみのことを知っているんですか?」
記憶はなくしたままだったが体は回復したため、白石と共に探偵事務所を訪れた彼女の荷物に入っていたぬいぐるみ。
明らかに手作りだと分かるそれは、けれども市香には思い出せない物だった。
「……それは、俺が市香ちゃんに作ったものだよ」
「! そうだったんですか……」
だから捨てられなかったのだと納得すると、白石が今にも泣きそうな顔をしていることに気がついた。
「白石さん? どうかしましたか? 私、何か傷つけるようなことを言ってしまいましたか?」
「違うよ。……嬉しくて」
「嬉しい?」
「……うん。これは俺だけの思い出だって、そう思っていた。確かにあの場所を離れる時に、君はそのぬいぐるみを紙袋に入れていたけど、まさか今でも持っているなんて思わなかったんだ」
「…………」
確かに市香は記憶を失い、白石と共に過ごした一年あまりの日々の出来事をほとんど覚えていなかった。
それは記憶喪失にはよくあることらしく、悲しくはあったが仕方がないと諦めていた。
けれども、市香が忘れてしまった日々も、白石は覚えていた。
二人の思い出のはずなのに共有出来ないのは、どんなに寂しかったことだろう。
「私が白石さんを忘れてしまっていても、白石さんはずっと私のそばにいてくれたんですね」
「だって、君があんな目にあったのは俺のせいだから。本当はきちんとした病院で治療を受ける方がいいって分かってた。でも何もしないまま、さよならなんて……出来なかった」
他の者の手に委ねれば、罪を犯した白石が市香のそばにいることは出来ない。
倒れた市香が目を覚ますその時にそばにいたい
ーーそんなエゴで市香を手元に置いていた。
「君が目覚めてから初めて俺に欲しいと求めて、編んでくれたのが猫のぬいぐるみだった。
俺がどんな顔をするのか知りたいって……俺の好きなものを聞いて」
「…………」
「それで俺にも作り方を教えてくれて……出来たら欲しいって言ってくれて、作ったのが……それ」
こみ上げる思いはあの頃のことを思い出したから。
愛しくて、だからこそ苦しくて、叫びたくて。
それでも市香が自分の意志で未来を選び取れるように、外の世界で生きられるようになるまでそばにいると、そう決めていた。
「ごめんなさい……白石さんを一人にしてしまって。でももう絶対一人にしません」
それは白石が涙を流したあの日に誓った想い。
どれだけ苦しくても現実は続いていく。
だから寄り添い合って生きていくのだ。
泣き笑いを浮かべる白石の背に手を伸ばして抱きしめる。
市香の中からこぼれ落ちた時間。
それでも覚えているのは、泣きそうな顔でいつもそばにいてくれた白石の表情。
どうして彼がそんな顔をするのかわからなくて、何かしてあげたい……そんな思いが溢れていた。
「また一緒に作りましょう? 今度はもっと上手に作れると思います」
「……なら俺ももっと頑張らないといけないね。また教えてくれる?」
「もちろんです」
微笑み合って、支え合って、私達は生きていく。
共に背負うと約束したから。
2018/08/01