白と黒の世界で君は

景市4

白い紙に綴られた文字。
白と黒で構成されたそれは、けれども以前のように単色の世界には映らない。
不本意な事件で再会した市香と交わした想い。
それはこの白い箱庭を思わせる部屋に、色彩を与えてくれたから。

ずっと誰かの特別な存在になりたいと思っていた。
思って、でも無理だと、そんな願いを持つことは許されないと、幼い頃から脳を支配する声に縛られて捨て去ったはずの願いは、けれどもずっと胸の奥に隠されていて、それを彼女が掬い上げてくれた。

だから、生きたいという願いのために白石はこの箱庭に似た世界で市香を想う。
彼女の元へ還りたい。
自分の帰る場所を与えてくれた彼女の元へ。

「……待っていて、俺は必ず君の元へ還るから」

何度となく読み返した手紙を大切に抱きしめ呟くと、白い紙に文字を綴る。
今はもう、柳に宛てて『黒猫』の様子を聞くことはない。
市香に直接言葉を届けられる。
そのことがこんなにも幸せを与えてくれる。

白と黒で構成された手紙は、けれども色鮮やかな世界を形作って白石に彼女の想いを届けてくれる。
だから、彼女にも同じ想いを届けてくれたらと、そんな願いをこめて文字を綴る。

『星野市香様ーー』

その名前を書くだけでこんなにも愛しくて、会いたい想いが溢れ出す。
だからこの冷たい檻の中でも耐えることが出来る。
だってこれは白石が『人』になるために必要な罰だから。
許されたいとは思わない。
それだけのことを自分はしたのだから。
けれども還りたいと、その願いを捨てるつもりはないから。

警察の内部事情から起訴猶予とされ、特別保護という名目で囚われていたが、捜査協力の功績や生い立ちの諸事情が考慮されて、ようやく起訴、収監された。
ここで定められた刑期を終えれば、市香の元へ還れる。
収監前から事実上拘束されていた白石は、その期間も考慮されてか、刑期は異例の短さで驚いた程だった。

減刑は望まなかったが、捜査に素直に協力したことや、その後の態度も模範囚だったことで判断されたもので、決して特別視されたものではなかったから否は唱えなかった。
もちろん、白石にそんな権利はもとよりないのだが。

「あと何回読み返したら会えるかな……」

特別保護の時のように外に出れなくなって、市香とは手紙を交わすようになった。
触れられないことは寂しく思うが、辛いとは思わなかった。
寂しいけれど、恥じることなく会える『人』になりたいから。
それにこの想いは白石だけではない。
市香も同じように想ってくれている、そう知っているから、紙に綴って彼女に届ける。

「……待っていて」

絶対に君の元へ還るから。 今度会えたら、もう寂しい思いはさせないから。
白い紙を黒い文字で埋めて、そっと目を瞑る。
市香の笑顔を思い浮かべて。

2018/07/30
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