おでことおでこを合わせる

景市3

額に触れられた感触と、他者の気配に目を開けると、視界いっぱいに飛び込んできたのは大切な彼女。
姿がぼやけるぐらいの近さに何が起こっているのかわからずに驚くと、温もりが離れていき、緑の瞳が心配そうに彼を映した。

「白石さん、やっぱり熱がありますね」
「熱……?」
市香の指摘に自身に気を向けると、確かに身体に熱さを感じてこてりと小首を傾げる。

「俺、病気ってしたことないからよくわからないんだけど熱が出てるの?」

「はい。体温計がないので何度かわかりませんけど、微熱じゃないはずです」

身体は辛くないですか? と問われても、市香が言う熱さも、それ以外の症状も全く感じられなかった。

「この前、仕事の資料を見ながら寝てしまったって言ってましたよね? きっとその時に身体を冷やしちゃったんですよ」

「あー……うん、そうだったかな?」

そんなことあっただろうかと考えるが、考えるだけ無駄だとわかって市香に同調を示す。
今、白石が本当に居る場所は無機質な天井と壁に囲われた檻の中。
だから、こんなふうに彼女と触れ合えるはずもなく、これはいつもの幸せな夢なのだとわかる。

「でも俺、こんな願望あったの……?」

そもそも病気になったことがないので、こんなふうに看病されたいなどと望むこともないんじゃないかと思うが、この夢を作り出しているのが白石自身なら否定もできない。

「白石さん? もしかしてまた熱が上がりましたか?」
「………っ。……う、ううん。大丈夫……だと思う」

白石の様子に心配した市香が再度おでこをつけてきて、伝わるぬくもりに顔が火照る。
近すぎて落ち着かないのに嬉しくて、いつまでも感じていたいのに、たまらなく恥ずかしい。

「寝ないとダメです。さあ、寝室に行きましょう?」

「え? 寝室……って、それはさすがにまずいんじゃないかな」

「何言ってるんですか。病人は寝るものです」

「うん、君はそう言うよね。でも、弟くんと同じ扱いは面白くないかな」

「え?」

ぐいぐいと、寝室に白石の手を引いてきた市香の手を逆に引き寄せて、腕の中に閉じ込める。

「……君、わかってる? ここが寝室で、俺は君のことが好きなんだって」

「あ、あの……っ」

「男として意識されてないわけじゃないってわかったから満足だけど、これって据え膳だと思うんだよね」

「…………っ」

行動を諫めるようにからかえば顔を真っ赤にする市香に微笑むと、小さな呟きが聞こえて。

「市香ちゃん? 何か言った?」
「――別に、白石さんとだったら嫌じゃないです」
「……っ」

思いがけない言葉に面食らって、みるみる頬が熱くなる。

「あー……本当に君って時々こういうことするから困るよね」

「困るんですか?」

「困るよ。……だって、触れるなら本当の君に触れたいから」

夢の中の逢瀬は、今の白石に許された幸福な時間。
けれども夢に溺れたいわけじゃない。
現実がどんなに寂しくても、いつかくる未来を諦めたくはないから。

「だから、今はこれだけで我慢するよ。いつか、本当に君に触れる事が出来たらその時は……」

ちゅっとおでこに口づけると、照れくさそうにはにかむ笑顔がまぶしくて。
愛しさに胸が苦しくなるけれど、だからこそ還りたいと強く願った――彼女のところに。

20180119
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