君と歩き続けるために

ソウヒヨ9

家を出てから待ち合わせた駅まで、大きなカバンを抱えながら必死に走り続ける。
もうすぐ待ち合わせ時間になりそうで、時計を横目で確認すると、ハァハァと乱れた呼吸を繰り返しながらも足は止めずに駅を目指した。

「凝部くんは……ハァ……ハァ……いたっ!」

混雑している駅前で、見慣れた姿を見つけて走り寄ると、足音に気がついた彼が振り返った。

「おはよう。ヒヨリちゃんが時間ギリギリなんて珍しいよね」
「ごめ……ハァハァ……行きがけに、弟達が、コップを、割っちゃって……」

乱れたままの呼吸で途切れ途切れに詫びると、肩から荷物がなくなって、相変わらず優しいお姉ちゃんだよね~と凝部くんが苦笑する。

「ほら、まずは深呼吸~」

促されて呼吸を整えると、良くできましたと彼が笑う。

「そんなに慌てなくても良かったのに」
「だって……」
「そんなに僕に会いたかった?」

にやりと、そんなことを言ってのける彼にグッと言葉を飲むも、顔を少し背けて肯定する。

「……そうだよ。だって、凝部くんと外でデートなんて久しぶりでしょ」

超インドアの凝部とは彼の家で会うことが圧倒的に多いため、外デートは本当に久しぶりだった。
だから昨夜からお弁当の仕込みをしたり、とっておきの余所行きの服を出したりと張り切っていたから、出鼻を挫かれ焦ってしまったのだ。
そう唇を尖らせながら見つめると、凝部くんは額に手をやって何やら小さく呟いた。

「……俺の彼女、可愛すぎでしょ」
「凝部くん? 何か言った?」
「あ~何でもない、何でもない! じゃあいこっか」
「あ、荷物持つよ」
「いいよ、お弁当作ってもらって持たせるなんて、トモくんに殴られちゃう☆」

茶化しながらも気を遣ってくれたのは明白で、ありがとうと微笑むと差し出された手を握り返した。
今日はお弁当を食べて、その後は街でウインドウショッピングの予定だったので、まずは公園に向かう。
運良く空いていたベンチに腰かけると、お弁当を広げて取り皿を手渡した。

「美味しそう☆ いただきま~す」

白い肌に長い髪とどこか華奢な印象の凝部も、豪快におかずを頬張る姿はやはり男の子で顔がにやけてしまう。

「ん? これ、唐揚かと思ったら魚?」
「うん、メカジキの竜田揚げ。凝部くん、焼き魚は嫌いだって聞いたから、竜田揚げなら大丈夫かと思って。鶏の唐揚もあるから苦手だったらそっちを食べて」
「フライなら大丈夫。特にこれ、ショウガが効いてて美味しいからいくらでも食べれそう」

止まらない箸に満足げに見守ると、自分も炊き込みご飯のおにぎりを食む。
筍は薄めに、コンニャクや人参などの具も小さめに切ったので型崩れせず、我ながら上手に出来たと嬉しくなる。

「顔、緩んでるよ。それ、好きなの?」
「上手に出来たなぁって自画自賛してたの」
「あーん」
「?」
「だから、ヒヨリちゃんご自慢のおにぎり食べさせて☆」
「な、なに言ってるの。こっちに同じのあるから」
「それももらうけどまずは味見。ほら、早く」

パカッと口を開けて促されては嫌とも言えず、手にしたおにぎりを口元に運ぶと、食むっと頬張る様子を暴れる鼓動を押さえながら見守る。

「うん、美味しい! さすがは料理上手なヒヨリちゃんだね」
「あ、りがとう」

ニッと笑う姿に礼を述べながらも、早鐘を打つ鼓動は忙しなくて、誤魔化すようにおかずを取る。

「次はそれ?」
「後はセルフサービスでお願いします」
「え~」

調子に乗り始めた彼を早々に撃退すると、文句は一瞬で箸を進めてくれたので、思ったよりも早くお弁当箱は空になった。

「ごちそうさまでした。は~お腹いっぱい」
「お粗末様でした。全部食べてくれて良かった。ちょっと作りすぎたかなって心配だったんだ」
「大丈夫、朝食べてなかったから」
「え? また?」
「今日は特別。ヒヨリちゃんのお弁当、楽しみだったから☆」
「もう……」

どうもそれほど食べることへの執着がないようで、手軽に済ませられるパンやインスタント食品を食べることが多いことを以前から気にしていたヒヨリは、チラリと凝部を見る。

「普段もお弁当作ろうか?」
「ほんと? ならヒヨリちゃんが良ければお願いしようかな」
「うん」

どうせ自分の分も作っているので、二人分に増えてもさして変わらないと了承すると、微妙に眉が下がった表情に瞬く。
けれどもそんな表情は一瞬で、じゃあ行こうかと立ち上がった彼に、聞くタイミングを逃してヒヨリも立ち上がった。
ショッピングモールで服を見ながら、互いに似合いそうな物を見立てて、時には試着してみる。
そうしていくつかの買い物袋を手にしたヒヨリは、隣を歩く凝部にほくほくの笑顔を向けた。

「凝部くんってセンスいいよね。即決力もあるから助かっちゃった」
「ヒヨリちゃんは慎重だよね~。一目惚れしても、すぐ手を出さないとこは長女っぽいのかな」
「お小遣いにはキリがあるもの。それに後からもっといいのを見つけたら悔しいなって思っちゃって」

そう思って、結局買いそびれて後から後悔することも多かったので、凝部の助力に感謝していたヒヨリは、ふと視界の隅に映った行列に目をやる。

「ねえ、凝部くん。あそこのクレープ食べない? ちょっと休憩しようよ」

結構な時間歩いていたことに気づき、休憩を提案すると、彼の手を引きクレープ屋の列の最後尾に並んだ。

「桜餅クレープっていうのがあるよ。凝部くん、桜餅好きだったよね?」
「チャレンジャーだね、ヒヨリちゃん。まあ、和菓子コラボはハズレは少ないか」
「別に、他のがいいならそれでもいいよ?」
「ヒヨリちゃんは何にするの?」
「うーん、私はバナナチョコホイップにしようかな」
「じゃあ一口味見させてね」

そう言う凝部に了承すると、それぞれクレープを受け取って道の端に寄って食べる。

「……! 美味しい!」

サクッとした生地自体にも味付けが施されていて、けれどもトッピングの味を邪魔することのない自然な美味しさに、つい夢中になって食べていると名前を呼ばれて。

「そんなに美味しかった? クリームついてるよ」
「凝部くん!?」
「ん~甘い」

口端についていたのだろうクリームを拭って、パクリと食んだ凝部にギョッと目を見開くと、にんやり微笑まれて途端に顔が熱くなる。
自分がクリームを口につけているような食べ方をしていたのが悪いのだが、やはり人前では恥ずかしく、ううぅ~と唸ってしまう。

「ほら、早く食べないとクリームが溶けてこぼれてきちゃうよ? それとも、また拭って欲しい?」
「食べるよ!」

慌ててクレープを食べかけて、今度は慎重に口元に運ぶ。
そんなヒヨリを見て笑う凝部に、唇を尖らせた。

「ねえ、凝部くん」
「な~に? クレープもっと食べたい?」
「違う。……お弁当、迷惑なら言ってね」

さっき聞きそびれたことを聞くと、目を瞬かれて。

「彼女の手作り弁当でランチなんて男のロマンでしょ。嫌なわけないよ」
「……本当に?」
「ほんとほんと」

軽い同意に疑惑は残るものの、分かったと頷く。こうしたことは今までも何度かあったから。
そしてそれはたぶん失われた記憶に由来するもので、追及しても仕方ないのだとわかっていた。

「だったら、毎日ちゃんと学校に来ること。お弁当無駄になったら、トモくんにあげちゃうからね?」
「ワオ☆ それは絶対回避だね」

顔を合わせれば早く別れろと告げてくる幼なじみの名前に、凝部は顔をしかめるとはーいと頷く。
二人で過ごしていると苦しくなると、凝部が口にしたのはいつだっただろう。
幸せなのに苦しいのがわからないと、泣きそうな表情で語った彼に、抱きしめずにはいられなかった。
だから一緒に思い出そうと約束した。
失われた記憶があるのは、ヒヨリ自身も感じていたから。
忘れるということに拒否感が強く、だから何かを忘れてしまっている自分が許せなくて、必死に思い出そうと足掻きもした。
自分にとってのトリガーはどうやら学校らしいと分かってからは、頭痛がする場所に積極的に足を運ぶようにもしていた。
凝部も情報局に頻繁に出入りして情報を探っているがなかなか進展はなく、もどかしい思いを抱いているのもわかっていた。
前に進むためには失われた記憶が必要ーーそれはあの世界から戻ってからの二人の共通した目的で、そうすればきっとこんなもどかしさを彼が感じることもなくなるだろうと思うから。
きゅっと繋いだ手を握ると、凝部が苦笑して。
同じく握り返した優しいぬくもりに、絶対この手を離さないと胸に誓った。

20200214
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