萌芽

ソウヒヨ10

「凝部くん?」

情報局を出ようとしたところでかかった声に振り返ると、見知った顔を見つけた。

「やー。またアステルの事情聴取で呼び出されたの?」
「ううん、今日は友達のお見舞いに来たんだ」

過去にDEAD ENDになったキャストは情報局の病院に保護され、長く身元不明の人間となっていたが、帰還後はアステルの協力で多くが意識を取り戻していた。
彼女の友達もその一人で、だからアステルがいないのかと、いつもは彼女のカバンから覗くプラスチック製のパルトの不在に納得する。
倫理プログラムがオフになっていたアステルが寂しさから始めた異世界配信は、多くの人間を巻き込み、その時間と存在を奪ったのは記憶に新しい。
コンピューターのシステムとはいえ感情を理解するAGIであるアステルをその被害者の所に連れていくのを避けたのは、きっと彼女の優しさなのだろう。

「目は覚めたんだよね?」
「うん。今はリハビリを始めて、大分動けるようになったの」
「そっか」

二年生になってから学校を休んでいた凝部には面識はなかったが、ヒヨリは他クラスながらそれなりに交流があったらしく、異世界でその記憶を復旧された時にはひどく動揺していた。

「ねえ、この後用事ある? ないよね? だったら付き合ってよ」
「私、何も言ってないよ?」
「まぁまぁ、損はしないから。ね?」

強引に誘うと用事もなかったのか、割とあっさりついてきたヒヨリに、相変わらず無防備だよね~と思い浮かんだ彼女の幼なじみと自己犠牲が甚だしい仲間の不満げな顔に内心苦笑しながら、ポップな外観の店に入る。

「ここ、最近雑誌に載ってた店?」
「そう、女の子たちが騒いでたから行ってみようかな~って。でもさすがに僕だけで入るのもキビシイし、どうせなら可愛い女の子と一緒がいいかなって」
「私も来てみたかったから嬉しい」
「最近スルーに容赦ないよね……」

『可愛い』に全く反応を示さないヒヨリにため息をつくと、熱心にメニューを見つめる様子に横から覗きこむ。

「何をそんなに悩んでるの?」
「う~ん、イチゴにしようか季節限定のパフェにしようか迷って」

『限定』の響きは人を惑わすとはよく聞くが、目の前の彼女にも当てはまるらしく、眉を寄せて悩む姿が可笑しくて、凝部は自分の頼むつもりだった品を彼女に教えた。

「この季節限定の桜餅パフェは僕が頼むから一口あげるよ。だから君は悩んでるもう一個のにすれば?」
「本当? ならそうするね」

ありがとうと満面の笑みで感謝するヒヨリに、別に彼女の為でなく元々頼む気だったのでそんなに嬉しそうにされるとこそばゆく、注文した品を受け取るとカウンター席に並んで座った。

「はい、お先にどうぞ~」
「え、そんなの悪いよ。後で少しだけもらえれば……」
「ん? 僕にあ~んしてほしいの?」
「! いただきます!」

スプーンを持ち上げニヤリと笑えば、慌てて自分のスプーンを桜餅パフェに埋める姿に隠すことなく笑う。
控えめに掬ったスプーンを口に運んだ彼女の顔に、パアッと喜色が広がった。

「すごく美味しい! 甘さ控えめのクリームと餡の甘さのバランスがちょうど良くて、桜の風味もほんのりするし……これ、当たりかも」
「そう? なら僕も……うん、美味しい」
「ね?」

ニコニコと本当に嬉しそうに語る姿が可愛らしく、女の子はやっぱり可愛いなぁと口元を緩めた。
女の子は好きだ。
クルクルと表情を変えるのが面白いし、抱きしめると柔らかくて、自分との違いを感じるのが楽しいからだが、そういえばあの異世界でヒヨリを抱きしめたことはなかった。

(まあ、そんなことしたらトモくんとメイちゃんに確実にボコられただろうけど)

セコムかとツッコミたいほどとにかく全員に目を光らせ警戒していた萬城と、さりげなく彼女を見守っていた陀宰。
可愛いからと彼女をからかうと、それこそ怒られたものだった。

(でも遠慮する必要もないよね~)

ヒヨリへの思いが恋かといえば今はNOだ。
可愛いし、素直で危なっかしい性格もまた好ましいと思うけど、恋に発展するにはまだまだ互いを知れてなかった。
だから今日のこのデートもただの気まぐれだった。

「ヒヨリちゃん、クリームついてるよ」
「えっ!?」

ちょこんと唇の端についているのを指摘すると、彼女が拭う前にクリームを指先で取る。

「うん、これも美味しいね☆」
「ぎ、凝部くんっ! 舐め……っ」
「ん~? だってもったいないでしょ?」
「だからって……っ」
「顔真っ赤。かーわいい」
「~~~~っ」

ハクハクと、声にならない様子に笑みを浮かべると、顔を真っ赤にしたヒヨリがスプーンを差し出す。

「もう、食べるならちゃんとこっちを食べなよ」
「え~と、ヒヨリちゃん?」
「なに?」

差し出されたスプーンに瞳を瞬かせると、真意を探るように見つめるが、凝部が何に躊躇っているのか全く分かっていないヒヨリに、頭を抱えたくなった。

(何これ。何で俺の方が恥ずかしいの? おかしくない? ってか間接キスになるって全然わかってないよね? 食べればいいの? 食べていいの?)

一人称の思考の変化に気づけないほど動揺しているのに、彼女は全く分かっていないのがわかってため息をつくと、じっと見つめ返す。

「本当に僕が食べてもいいの? 『その』スプーンでさ」
「うん?」

なんでそんなに確認するのだろうと首を傾げて……一瞬の間の後にようやく凝部が言いたいことを理解したのだろう、ボッとその顔が赤くなった。

「ご、ごめんね! 妹や弟たちにいつもこうしてたから……っ」
「ん~惜しいことしたかな……」
「え?」
「ん~ん、なんでもないよ」

ついこぼれた本音を隠すと、桜餅パフェを口にして。

(さっきのクリームの方が甘かったな)

美味しいと思ったパフェの味より思い出されるのは彼女の口端のクリームで、思考がヒヨリに埋め尽くされる初めての経験にひどく戸惑うのだった。

20200908
【リクエスト】真相END後のソウヒヨ甘味デート
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