髪結い

ソウヒヨ7

「ヒヨリ、髪伸びたね~」
「そうなんだ。切ろうと思ったんだけど、今なら結ぶ方が涼しいかなって悩んでて」
「そうだね。その長さならお団子も出来るんじゃない?」

異世界から戻って一ヶ月。
学校へ復帰して、ヒヨリと同じクラスで過ごすようになった凝部は、ヤイヤイと隣の席で楽しげに話すヒヨリと彼女の友達を何とはなしに見つめながら、以前異世界で髪をいじったことを思い出していた。

(いい匂いがしたんだよね~)

指先をサラサラと流れる感触も、女の子特有の鼻をくすぐるいい香りも、すべてが記憶に残っている。
今度またヒヨリ限定の凝部美容院を開業しようかと考えていると彼女がこちらを振り返り、まさに今考えていたことを振ってきた。

「凝部くん、髪を結ぶの上手なんだよ。ね?」
「え? 凝部くんに結んでもらったことがあるの?」
「うん。妹たちの髪を結ぶことは多いけど、自分のって結構難しくて。今度またお願いしてもいい?」

にこっと無垢な笑顔を向けるヒヨリに、しかし周りは様々な反応を浮かべる。

「凝部、お前マジで瀬名と付き合ってたんだな……。くそ、いつの間に……」
「え? 瀬名さんって下級生の彼氏がいたんじゃなかったのか?」
「いや、あっちは幼馴染みだって……」
「それ、照れ隠しじゃなかったの?」

ざわめきが教室内に広がっていくのは、それだけ彼女が人気者である証で、「そうだよ~」と立ち上がるとヒヨリを後ろから軽く抱き寄せウィンクする。

「ヒヨリちゃんは僕のなんでよろしく~☆」
「僕のって……」
「え? 違うの?」
「違わないけど……」

もの扱いが気に入らないのか、照れくさいのかーー頬が赤いから後者だろうと当たりをつけて、顔をひきつらせている男子を笑顔で牽制する。

「でも、凝部美容院は僕の部屋限定だよって言ったよね?」
「あ……」
「なになに? ヒヨリ、凝部くんの家に行ったことあるの?」

またざわめきだした教室に、異世界配信でのことだと説明出来ないのは情報局に口止めされているからで、困ったように目を泳がせるヒヨリに、けれども凝部はわざと助け船を出さずに笑みを浮かべるに留める。

(これでトモくんとの仲を間違われることもなくなるよね?)

周囲への認知は完了、と一人ご機嫌になりながら、焦っているヒヨリに今度また髪をいじってあげないとと考える。
この後「凝部くんのバカ!」と、恥ずかしそうに抗議するヒヨリを宥めて可愛らしく髪を結いあげ、ついでに結い方講座を開くことで許してもらった凝部だった。

20190324
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