『一緒に星を見ませんか?』
そう梓からメールで誘われたのは五日前。
彼が誘ってきたのには理由がある。
ペルセウス座流星群。
八月によく見られるこの流星群は、学生には絶好の天体観測だった。
「星月学園に来るのも久しぶりだな」
春に卒業した月子には半年ぶりの学園。
事前に連絡してあった星月と陽日の元へ挨拶に行くと、梓と待ち合わせていた屋上庭園に上がった。
夏休み中でほとんどの生徒が帰省しているため、絶好のチャンスにもかかわらず屋上庭園に人の姿はなかった。
「わぁ……!」
夏の夜の訪れは遅い。
沈み行く太陽と宵闇が混ざり合う美しい風景に、月子は微笑んだ。
インターハイ予選を勝ち抜き、今年も優勝を目指して頑張っている弓道部。
少し早めに来て差し入れを手に訪れた月子を、部長となった小熊と副部長の梓は笑顔で出迎えてくれた。
どこか緊張した面持ちで、それでも積み重ねてきた努力がしっかりと自身を支えている小熊に、もちろん今年も優勝しますよ、と相変わらず強気な梓。
あの二人がいればきっと今年も優勝してくれるだろう。
少しずつ空に星がきらめいていく様子を見つめていた月子は、ぽんと肩を叩かれ振り返った。
「お待たせしてしまってすみませんでした」
「ううん。弓道部も見れて嬉しかったよ。梓くん、お疲れ様」
「ありがとうございます。ちょっと賑やか過ぎるところは困りものですけどね」
「ふふ。鳴海くんたちも相変わらずだったよね」
金久保の卒業後に入ってきた鳴海・常陸・空閑の三人組は白鳥たちのように賑やかで楽しいメンバーで、月子を見るや駆け出し転んだ常陸を、空閑がため息をつきつつ起こしている風景は懐かしいものだった。
「シートを持ってきましたから、寝転がって見ましょう。ずっと上を見上げていると首が疲れますから」
「ありがとう。あ、お腹すいてない? おにぎりとウーロン茶買ってきたんだ」
「先輩の手作りじゃないんですか?」
「……私の料理の腕は知ってるでしょ?」
「じゃあ、次に期待します」
幼馴染の錫也のように料理が上手ならば、迷わず手作りの料理を持参するのだが、生憎月子の腕前は下の下。
大会を控えた大事な時期に体調を崩すようなことになってはいけないと、今回手作りするのを諦めたのだった。
「今は宇宙食じゃなくていいの?」
「はい。さすがに三年間あれだとみんな泣きますから」
「ふふ、それもそうだね」
梓から一度分けてもらい食べたことがあったが、確かに味は美味しいもののやはり食事をストローで吸うのはどうにも違和感があった。
そうして互いの近況などを伝え合いながら他愛もない話を交わしてすごしていると、あっという間に流星が頻繁に流れ始める時刻になっていた。
「そろそろだよね……あ!」
「流れ始めたようですね」
普段なかなか見ることのない流星も、今日明日は目にする機会も多い。
心の中でお願い事を繰り返すと、再び流れるのを待つ。
今年のお願い事は、梓たちが優勝できますように。
本当はもう一つお願いしたいことがあったが、二つ口にするのは無理だから、弓道部のほうを優先することにした。
「先輩は何をお願いするんですか?」
「もちろん、今年も弓道部優勝! だよ。梓くんは?」
「秘密です」
「え?」
当然僕もですよ、と返ってくると思っていた月子は意外な返事に驚き梓を見た。
「梓くんは弓道部優勝をお願いしないの?」
「優勝は自分の力で掴み取ります。だから、星には違う願い事をしようと思って」
「違う願い事?」
夢は自分の力でかなえるものだ……そう思い、実践してきた梓が星に願うものとは何だろう?
「!」
すーっと流れた瞬間、必死に優勝! と三回繰り返した。
「三回言えましたか?」
「うん。大丈夫だと思う。梓くんは?」
「二回で消えちゃいました」
「そっか。残念だったね」
「はい。だから、先輩に直接お願いすることにします」
「え?」
突然辺りが暗くなって。
ふわり、と触れた柔らかな唇。
「梓くん?」
「ずっと、僕の傍にいてくれますか?」
いつも自信を携えてるアメジストの瞳に揺れる、わずかな影。
「……もちろんだよ。梓くんこそ、ずっと傍にいてくれる?」
「もちろんです。僕からあなたを離すことなんて絶対ありません」
迷うことなく言い切ってくれることが嬉しくて。
顔をあげて、自分から梓にキスをした。
「先輩も同じ願いなら、きっと星に願わずともかないますね」
「そうだね。二人でかなえていけるよ」
微笑み梓を見つめると、どちらからともなく目を瞑って。
重なるぬくもりに、瞼の向こうに流星が流れるのを感じた。