「派手にやりましたね~」
転げ落ちているボウルと粉だらけになった床に、状況を把握した梓はコートを脱いで手近な椅子に掛けると、ロボット掃除機のスイッチを入れてボウルをキッチン台に置くと、粉が吸い込まれていく様を見守る。
「先輩、大丈夫ですか? 怪我はしてませんよね?」
「……大丈夫。ごめんなさい、ボウルに肘をぶつけちゃって」
「怪我がないなら良かったです。それに、もう片付いたから大丈夫ですよ」
最近のロボット掃除機は優秀で、綺麗に吸い込まれた床にね?と微笑むも、月子の顔が晴れるわけもない。
「お茶を淹れるんで先輩は座っててください」
「あ、私がやるよ」
「たまには僕がやりますよ」
そう言ってさっさとお茶の支度を始めた梓に、月子はため息をつくとリビングのソファへ移動する。
今日は久しぶりに梓が休日で家にいるので、クッキーでもと彼が外出した隙に作り始めたのだが、卵を入れようと横を向いた際肘をぶつけてしまい、さっきの惨状を導いてしまっていた。
「私って本当に不器用だなぁ……」
猛特訓のおかげで料理は大分ましになったものの、もともとそれほど手先は器用じゃないためこうしたミスは多く、せっかく梓が家にいるのにと普段以上に落ち込んでしまう。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ごめんね、梓君」
「謝罪は不要ですよ。お礼の言葉なら聞きますけどね」
「うん……」
普段通りの梓に、けれども申し訳なさが拭えずにいると、隣に座った彼がペロリと鼻の頭を舐める。
「あ、梓君!?」
「やっぱり粉のままじゃ美味しくないですね」
「当たり前だよ! ……ってもしかして顔粉まみれなの?」
「いえ、鼻に少しついていただけです。先輩は本当に可愛いですね」
ボウルを落として鼻に粉をつけている様など子どもっぽくしかなく、余計に恥ずかしくなって顔を赤らめるとちゅっと軽く触れるキスをされて。
「先輩のクッキーも嬉しいですけど、僕は笑顔でいてくれることが一番嬉しいんです。だから笑ってください」
ね?と微笑まれて、月子は苦笑交じり頷く。
「クッキーのお詫びに夕飯は梓君の好きなものを作るよ。何がいい?」
「それより今すぐ先輩が欲しいって言ったらどうします?」
せめてものお詫びと提案するも、梓が求めているのは彼女自身で、眉を下げると上目遣いに見る。
「……それはずるいよ」
「そうですか? それで、先輩不足を解消してもらえますか?」
ストレートなお誘いに否など言えるはずもなく、軽く袖を引くことで了承を伝えた。
10周年企画