「よし」
掃除の終わった部屋を見渡し微笑むと、ふとした違和感に首を傾げた。
「あれ?」
「どうした?」
「そういえば、あまり散らかってないなぁと思って」
「お前が毎日片付けているからだろう?」
「それはそうなんですけど……」
掃除をしていて感じた違和感。
その正体に気づき、私はあ! と声を上げた。
「琥太郎さんが散らかしてないんです。昔はあんなに散らかしていたのに……」
「ああ……」
行く度にひどく散らかっていた保健室に、怒りながら片付けていた学生の頃を思い出すと、なぜか琥太郎さんが言い淀んだ。
「琥太郎さん?」
じーっと見つめていると、観念したのかようやく口を開く。
「お前に片付けて欲しくてわざと散らかしていた」
「ええっ!?」
思わぬ告白に、私は驚き琥太郎さんを見た。
「どうしてですか?」
「お前が俺を気にかけてくれているのか試したかった、んだろうな」
「琥太郎さん……」
「本当のことを言うと、俺は片付けが得意ではないが苦手でもない。そこそこキレイにはするし、その状態を保たせるのも難しいことじゃない」
「だったら……」
「生徒会に部活動。お前はいつも忙しく動き回っていただろ? だから、散らかす事で少しでも長く俺の傍に繋ぎ留めておきたかった」
ずっと秘められていた本音に、私の瞳から涙がこぼれる。
「おい……」
「琥太郎さんが急にそんなこと言うから……」
「悪かった。だから泣くな」
優しく目尻を拭う指。
ずっと自分の片想いだと、そう思っていたあの頃の想いが報われていたことを知って、涙が次々溢れ出る。
「悪かった。我ながら子供じみた理由だったと思ってる」
「私が泣いているのは、琥太郎さんが片付けられるのに散らかしていたからじゃありませんよ」
「そうなのか?」
頷くと、大きな掌をそっと包んで頬にあてる。
「嬉しかったんです。琥太郎さんがそんなふうに思っていてくれたことが……」
「……そうか」
ようやくわかったらしい琥太郎さんが、空いているもう片方の手でそっと私を抱き寄せる。
琥太郎さんの傍に居続けた毎日は無駄ではなかったのだと。
あの頃の想いは確かに届いていたのだと、そうわかって、喜びが胸を覆い尽くす。
「だったらもう、琥太郎さんが部屋を散らかすことはないですね」
「ああ。そうだな」
想い通わせ、晴れて夫婦となった私達。
もう離れることはないのだから。
「俺が散らかす事があるとすれば、お前が俺を構ってくれなくなった時だな」
「そんな時はこないので大丈夫です」
「そうか」
きっぱりと言い切ると、幸せそうに笑う琥太郎さんが嬉しくて、私も手をのばして抱きしめる。
寂しがり屋で、泣き虫で。
ちょっと嘘つきな私の大好きな旦那様。
ずっと一緒に……そう誓い、私達はキスをした。
* *
「琥太郎さん!」
「ああ……悪い。ちょっと調べ物をしててな」
散らかった書斎に眉をつりあげると、バツが悪そうに笑う琥太郎さんにため息一つ。
やっぱり掃除の毎日からは解放されないみたい。
そう思いながら、私はテーブルいっぱいの本や書類を片付け始めた。