願いごとはあなた

琥月12

『今日はブルームーンですね。琥太郎さんは何を願いますか?』

月子から届いたメールを見て、星月は手にしていた書類を置くと理事長室の窓から空を見上げた。
ここのところ仕事に追われ、星さえ見ていなかったことに気づく。

「ブルームーン……か」

通常、一月をかけて満ち欠けをする月。
だから同月に満月を二度見ることはないのだが、三年周期ほどの割合で二度見られることがある。
その稀なる現象から、ブルームーンは願いを叶えてくれると言われていた。

「あいつは……東月あたりにでも聞いたのか」

月子をずっと大切に守り、叶わぬ恋に身を引いた彼女の幼馴染は、今もなお彼女の傍近くに居た。
叶うならば星月も月子の傍に居てやりたい。
いや、彼女に傍に居て欲しい。
けれども月子は卒業し、今はもう星月学園の生徒ではない。
表立って傍に居れずとも、互いの姿を見ることが出来ていたあの頃がひどく懐かしく思えて苦笑した。

「重症だな……」

月子に会いたい。
会って、柔らかな髪に触れ、抱きしめたい。
どうしようもなく想いが溢れ、星月は手にしていた携帯のプッシュボタンを押した。
数回のコールの後、聞こえてきたのは誰よりも愛しい少女。
驚きの滲んだ声に微笑むと、先程のメールを問い返す。

「お前は何を願ったんだ?」

『……願いごとが浮かばなくて困ってました』

「浮かばない?」

『だって、琥太郎さんと両想いになれますように、も叶いましたし、大学も合格したから他に浮かばなくて……』

何にでも意欲的なわりには欲のない恋人に苦笑すると、星月は声をひそめ甘く囁いた。

「俺に会いたい、とは願わないのか?」
『……琥太郎さんの意地悪』

そんなのいつだって思ってます……そう可愛く返されて、嬉しさが胸にこみあがる。

「明日は学校か?」
『え? いいえ、休みですけど……』
「予定は?」
『ないです』

矢継ぎ早の質問に答える声を聞きながら素早く身支度を整えると、デスクの引き出しから車のキーを取り出した。

「願いごとは本当にないのか?」
そう問うと、一拍おいて返ってきたのは自分に会いたいという言葉。

「一時間で行く。待ってろ」

え? と慌てる声を流して一旦切ると、理事長室を後にする。
ちらりと視界の隅に映った書類の山は、今は見なかったことにしよう。
急ぎの案件はないことを心中で確認しつつ戸締りをすませると、学園を出て車を走らせた。 愛しい彼女の元へと。
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