嫉妬

ルカフェリ18

(アルカナ2発売以前に書いたものです)
「見て、素敵な方ね」
「本当に……。隣りの方は妹さんかしら?」
「まあ。家族想いな方なのね」

ルカと二人で歩いていて、ふと耳に入った話声にフェリチータは眉をひそめた。

「お嬢様? どうかしましたか?」
「……なんでもない」

仕事の時は公私区別で今までのように【お嬢様】と呼ぶルカに、胸の痛みを隠して。
フェリチータは必死に意識を仕事に集中させた。

 * *

その夜、仕事が終わって自室へ戻ったフェリチータは、鏡に映る自分の姿を見つめた。
隣りに並び立っても恋人に見られず、妹扱いされたのは今回が初めてではない。
もちろん、ルカとはひとまわり以上年が離れているから仕方ないのかもしれないけれど、年相応よりずっと若く見られる童顔のルカと、それでも恋人同士に見られないのは、やはりフェリチータが幼いからなのだろう。

両端で結わいていたリボンを解くと髪をおろす。
そして後ろにひとつにしてみたり、おだんごにしてみたり、色々髪を弄ってみるが『ルカにふさわしい女性』にはどれも見えず。
ふと、以前フェデリカにもらったままつけたことのなかった口紅を鏡台から取り出して、そっと唇に滑らせた。

「失礼します」
「!」
「すみません、まだお着替えがすんでいなかったのですね。……? お嬢様?」

機微に聡いルカはフェリチータの様子が普段と違うことに気づいたのだろう、じっと見つめたかと思うとああ、と納得したように微笑んだ。

「何かいつもと違うと思ったら、口紅をつけていたんですね」
「……似合う?」
「はい。とても可愛らしいですよ」
「……っ」
 ルカの返事にきゅっと唇を噛むと、ごしごしと乱暴に手の甲で唇を拭う。

「お嬢様?」
「……出てって」
「はい?」
「出てって!」

突然の拒絶に驚くルカを部屋から追いたてて。扉の前にうずくまる。
可愛いんじゃダメなの。嫌なの。

「……綺麗になりたい」

ルカの隣に立っても、妹だなんて思われないように。
立てた膝にこつんと額を当てながら、そうフェリチータは強く思った。

 * *

「え? 綺麗になりたい?」
「お嬢様は十分お綺麗です!」

翌朝、メイド・トリアーデの3人を捕まえたフェリチータの問いへの答えに、ゆるゆると首を振った。

「可愛いんじゃなくて大人っぽく、ですか?」

思いがけない願いに顔を見合わせるも、すぐに微笑みフェリチータを部屋へと誘った。

「アップはどうかしら?」
「おろして横を編み込むのは?」
「お嬢様は普段きゅっと両側で結わいているから、イメージが変わっていいかも」

リボンを解き、髪を梳きながら3人でああでもない、こうでもないと交わされる会話を耳にしながら、フェリチータはただ綺麗になりたいと、心の中で繰り返す。

「――できました!」

自分の内に集中していたフェリチータは、呼びかけにハッと鏡を覗き見た。
そこにいたのは、普段の姿とは全く違う自分。

「どうですか?お嬢様」
「……すごい」
自分じゃどうやってもこんなふうに綺麗になれなかったのに。

「ありがとう」

メイド・トリアーデに心から感謝の言葉を述べると、せっかくだからメイクもしましょう! と嬉しそうな3人に取り囲まれて。
トントンと控えめなノックが響いたのは、それから30分が過ぎた頃だった。

「お嬢様、失礼します」
「あ、ルカ! 見て見て!」
「え? ……お嬢、様?」
「綺麗でしょう?」
「ふふ、惚れ直しちゃったでしょうー?」

胸を張る3人に、しかしルカはフェリチータを見つめたまま、茫然とその場に固まってしまった。

「ルカ?」
「あ。……とてもお綺麗です、お嬢様」
「うふふ。あとはお二人でどうぞ」
「ごゆっくりー」

にこにこと微笑みながら立ち去るメイド・トリアーデを見送って。
ルカは改めて普段とは異なる装いのフェリチータを見つめた。

「何かあったのですか?」
「え?」
「今日は会合の予定も、パーティへの出席予定もありません。どうしてそのような格好を?」
「……おかしい?」
「いえ……ただ、どうしてかと疑問に思って」
「……………」

ルカにふさわしい綺麗な大人の女性になりたかったから――そう告げるのは恥ずかしくて、フェリチータはすっと目をそらした。
そんな彼女の態度にルカは顔を強張らせると、常より低い声が耳に届く。

「――その装いは誰かのため、ですか?」
「え?」
「答えてください、フェリチータ」
「ルカ……?」
「答えられないのですか?」
「……っ、ルカのバカ!」

完全に勘違いしているルカをキッと睨むと、思いっきり足を振り上げた。

「ぐは……っ!」
「ルカのために決まってるじゃない!」
「……ったた。……え? 私のため、ですか?」

もろに蹴りを喰らったルカは腹を押さえてうずくまるも、フェリチータの言葉に茫然と彼女を見上げた。

「綺麗に、なりたかったの」
「どうしてそう思われたのですか?」
「……昨日、一緒に歩いていた時に聞こえたの」

恋人ではなく妹だと、そう隣りに立つフェリチータを見て告げた婦人たち。

「そう……だったんですか」

昨夜、今まで自分からはつけたことのなかった口紅を塗っていたフェリチータ。
あれはルカの隣りに並び立つにふさわしい姿になろうと、そう思っての行動だったのだ。

「フェリチータ。貴女は今でも十分素敵なシニョリーナですよ」
ルカの言葉に、しかし振られる頭に苦笑して。そっと頬を掌で包むとふわりと微笑む。

「私はずっと貴女に心を奪われているんです。愛しい私のアモーレ」

自分に微笑みかけてくれる笑顔に。柔らかな声に。まっすぐな実直さに。
可愛らしいところも、愛おしいところも、すべてがフェリチータに繋がるのだから。

「……それでも妹に見られるのは嫌」

「でしたら恋人同士に見られるようにしましょう」

「どうやって?」

「……お互いの想いをもっと深めるんです。誰が見てもわかるぐらい、互いを想っていることがわかるように」

フェリチータの問いに微笑んで。ちゅっと柔らかくその唇を食む。

「……もっとルカでいっぱいにして」
頷き色の移った唇に自分から重ねると、ルカの目尻が朱に染まる。

「……あまり急いで大人にならないでください」

「?」

「そんなことを言われたら私の理性が崩壊します」

そう訴えれば嬉しそうに微笑む姿に、「貴女は十分私を振り回せる、魅力的なただ一人のアモーレですよ」と口づけた。
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