「……え? また苦情が出てる?」
「ああ。花付きの女官に泣きつかれた」
「それは前に解決したはずじゃないのか?」
「数日前から突然また一人ですると言ってきかなくなったそうだ」
「……わかった。俺が花ちゃんに確認する」
「ああ。任せた」
そんな会話を元譲と交わした孟徳は、花が待つ部屋へと向かいながら考えを巡らせていた。
孟徳と違い、人に世話をされることに慣れていない花は奥方となった当初、なんでも自分でやろうとして女官を始めとした周りを困らせていた。
けれども花の世話をすることが女官の仕事で、花が自分で何でもやっては彼女たちの仕事がなくなってしまうと諭してからは、自分で髪を結ったり着つけることも出来ないことから大分任せるようになっていた。
なのにどうしてまた自分でやると言いだしたのか?
「うーん。何か嫌なことでも言われた……はないか」
優しい花は女官がたとえ不始末をしたとしても、それで拒否することはないだろう。
では何が原因なのだろう?
「……っと、もうついたか」
考えがまとまらないうちに部屋についてしまった孟徳は、小さく息を吐くと軽くノックをした。
「花ちゃん、入るよ」
「あ、はい」
了承の声に衛兵と女官を下がらせると、孟徳は部屋の中へと入った。
「お疲れ様です。今日は早かったんですね」
「うん。ようやく一段落ついたんだ。文若のやつが次から次へと書簡を積んで、ここ数日机の上は書簡だらけだったんだよ。あいつは鬼だ」
「ふふ、最後は孟徳さんの判断が必要なんですから仕方ないですよ」
「花ちゃんはあいつの方を庇うの?」
「そんなことないですけど……」
不貞腐れたように頬を膨らませると、花が苦笑しながらそっと孟徳の頭に手を伸ばした。
「孟徳さんがいっぱい頑張ってるってわかってます。頑張りすぎてるのが心配なんです」
「大丈夫だよ。適当に手は抜いてるからね」
眉を下げて気遣う花に、孟徳は頭を撫でる優しい感触に目を閉じながら微笑む。
確かにここ数日は政務が立て込んで花に会いに行くことも出来ずにいた。
それでも、こうして花に触れていると数日の疲労はふわりと解けていった。
「そう、女官の手伝いを拒んでいるんだって?」
「あ……」
ふと思い出したかのように問えば、花は困ったように視線を泳がす。
「もしかして、女官が何か言った?」
「そ、そんなことはありません」
「じゃあどうして?」
想像通り否定する花に重ねて問えば、しばらくの逡巡の後おずおずと理由を口にした。
「……恥ずかしくて……それで、その……」
花は上流家庭の生まれというわけではない。
だから着替えを自分ですることは当然で、だからこそ当初は女官の手伝いを拒んでいた。
「うん。でも今までは許可してたんだよね。それがダメになったのはどうして?」
「……………っ」
さらに追及すると、とたんに赤く染まった顔に孟徳は驚き花を見た。
「花ちゃん?」
「だって……恥ずかしいんです……」
「うん」
「私、全然気づかなくて…虫に刺されたのかなって……」
ぽつりぽつりとした返答に、孟徳は花が何を恥ずかしがっていたのか気がついた。
「そういうこと、か」
「だ、だって……着替えを手伝ってもらったら前の晩にその……あったんだってわかっちゃうから……っ」
「花ちゃんはそれが恥ずかしくて断っていたんだね」
「……はい」
これ以上ないくらい真っ赤に染まり、涙交じりに見上げる花を孟徳はぎゅっと抱き寄せた。
「も、孟徳さん?」
「花ちゃんは本当に可愛いな~」
「だって……」
「恥ずかしがる必要なんかないんだよ。女官だって気にしないし」
「私は気になります」
「うーん……それじゃ俺が気をつけるしかないかな」
「え?」
「ようは痕をつけなければいいんだよね?」
つん、と数日前に刻んだ胸元の印を指差すと、花が恥ずかしげに目を瞑る。
「うーん。でもやっぱり無理かな~」
「どうしてですか?」
「だって、こんなに可愛い花ちゃんが見れるんだもん」
「…………っ」
閨で刻んだ印を恥ずかしがる花が可愛くて微笑むと、孟徳さんのバカ、と花が俯く。
花の肌は誰にも汚されていない、まるで新雪のようでつい刻みたくなってしまうのだ。
彼女は俺のものなのだと。
「ん……」
「……やっぱり無理そうだ」
「も、孟徳さん……っ」
「女官には俺から言っておくよ」
キスをしながら衣の間に掌を滑らせると、すぐに甘い声が耳をついて。
数日ぶりに感じる滑らかな肌の感触に身を委ねた。
* *
「……孟徳」
「なんだ?」
「お前が解決するんじゃなかったのか?」
「ああ、あれは諦めろ」
「は?」
「根本の解決が無理だとわかった」
「……それは花がまたあの衣を着出した理由と同じか?」
「ああ、それはちょっと困ってるんだよなぁ。贈った衣や簪もつけてもらいたいし。やっぱり花ちゃんにお願いするかな。でもな~」
「……もう勝手にしてくれ」
惚気にしか聞こえない孟徳の悩みに、元譲ははあ~と深いためいきをつくのだった。