花誕

仲花37

「あ」
こぼれた呟きに、何だよと仲謀が視線を向ける。
だが花は一瞬の間の後に、ううんと首を振り、手にした茶を口に運んだ。

「何でもないよ」
「何でもないなら言えよ」
「大したことないから」
「俺様が気になるんだよ」

一向に引く気配のない仲謀に、花は小さくため息をつくと誕生日、と口にした。

「誕生日だなって思っただけだよ」
「誕生日?」
「私が生まれた日のこと」
「それがどうかしたのか?」
「だから大したことないって言ったじゃん」

そう、誕生日という概念がないこの世界では、今日が花の誕生日だなどと何ら関係ないのだ。
ただふと思い出しただけだったので、大したことないと流そうとしたのに、妙に食いつかれたのが居心地悪く、つい目が泳いだ。

「その誕生日っていうのは、前に言ってたバレンタインとは違うのか?」
「バレンタインは思いを告げる日で、誕生日は個々のお祝いだから」
「祝い?」

問われ、余計なことまで答えてしまったと思ったがもう遅い。
じろりと見られてため息をつくと、どうせ突っ込まれるのだからと素直に白状する。

「私の住んでいたところでは、個々の誕生日を家族や親しい人でお祝いするんだ」

でもここにはそんな習慣なんてないんだから関係ないでしょ?、と告げるも沈黙が流れて。
おもむろに立ち上がった仲謀が部屋を出ていこうとして、とっさにその手を掴む。

「待って、どこに行くの?」
「宴の準備をするんだろ」
「宴って急にそんなこと言ったら皆大変だよ」
「誕生日は祝いをするんだろ」
「そうだけど、私は仲謀がお祝いしてくれたらそれで十分だよ。ーー家族、でしょ?」

大袈裟なものになりそうなのを阻止して、照れくささを滲ませて告げる。
家族ーーその言葉が仲謀と結婚したのだと実感させて、妙に照れくさかった。

「だったら俺は何をすればいい」
「何もしなくていいよ」
「祝うんじゃないのかよ」

確かに現代ならケーキに蝋燭を立てて祝ったり、プレゼントをもらったりするが、それを言えば皆を巻き込んで宴をすることになるし、高価な物を買い与えられそうだと言葉をのむ。
ケーキは懐かしいが、オーブンのないこの世界で望めるものではないとわかっているから、余計なことを言って仲謀がムキになってしまっては困る。
そう考えるとチラリと仲謀を見る。

「だったら……今日は一緒に寝よう」
「ーーーーはあっ!?」

提案にたっぷり間を空けて叫ぶ仲謀をじとりと見つめる。

「お前……っ、それ、誘って……っ」
「目。隈が出来てる。また遅くまで無理したでしょ」

若くして孫家を継いだ仲謀がかなりの努力家だということはわかっているし、ここのところ忙しかったのもわかっていたが、やはり無理はしてほしくない。
そう思い見つめると、仲謀がわなわなと肩を震わせる。

「妙な期待させんじゃねえよ!」
「何で怒ってるの? 私はただ、仲謀がまた無理してるからーー」
「してねえ」
「誕生日。お祝いしてくれるんでしょ?」

何やら怒り出した仲謀に、それでも先程のやり取りを思い出したのか、グッと黙り込むと腕を取られる。
そのまま寝台の方へ向かうのにホッとするも、仲謀が手荒に服を脱ぐ様に違和感を抱く。

「仲謀?」
「一緒に寝ればいいんだろ?」

それは花の提案なのに何か大きく間違えた気がして仲謀を見る。
その勘は間違いなく、隣ではなく覆いかぶられて自分の失言に気づくが後の祭りだった。

20210807恋戦記ワンドロお題【花ちゃんのお誕生日】
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