水も滴る

仲花36

「あ」

足を引っかけたのと、呟いたのと、水音が聞こえたのはほぼ同時だった。
手にした酒瓶が消えた理由に血の気が引く。
まさかと顔を上げる前に、地の底から響くような怒気を含んだ声が飛んできた。

「お、前なぁ!」
「ご、ごめんっ!」

予想通りに酒をかぶった仲謀が髪から滴らせてる様に、慌てて拭くものをと部屋を飛び出そうとして、それより早く手を捕まれる。

「お前、酒は俺にぶっかけねえと気が済まねえのかよ!」
「そんなことないよ。以前は別として、今のは完全に不可抗力だし」
「何が不可抗力だ!」

何を言っても今は怒りを鎮められないと判断すると、捕まれた手を逆に引く。

「井戸で流そう。来て」

以前、仲謀に示された方法を提案するが、何故かピクリとも動かない。

「仲謀?」
「風呂だ。まだ酔ってもいねえのに寒いだろ」
「え? ああ、そっか」

そう言えばここは温泉があるんだと思い返す。

「酔いは大丈夫?」
「ああ」
「なら今、着替え用意するから」
「お前のもだぞ」
「何で? 私はいいよ、かかってないし」
「お前がかけたんだから、俺の世話するのは当たり前だろうが!」

ああ、こんなところも以前と同じかと空笑うと、仕方なしに自分の着替えを用意する。
濡れてもいいものは……と考えて、長い衣しかないことに眉を下げる。

「こういう時に半袖短パンがあればいいのに……」
「何だよ、そのハンソデタンパンって」
「濡れても大丈夫な、袖や裾が短い服かな」
「な……っ」

この世界の服はとにかく長いので、制服のスカートが懐かしいと思ったことも数知れないが、どうしても仲謀があの頃の格好を認めてくれなかった。

「袖や裾が短い方が動きやすいと思うのに」
「そんなハレンチな格好絶対認めねえぞ!」
「ハレンチって」

どんな時代だとツッコミたいが、花が過ごした現代日本とは大きく異なるのだから仕方ないのだろう。

「とりあえずこれでいいかな」

衣の上だけを持って、手を引かれて風呂へ向かう。
この後、衣の上だけを着た花の姿を見た仲謀が動揺して温泉に落ちてのぼせ、更なる介抱を求められて、こんなところまで以前と同じじゃなくていいのにと、花は一人密かに思いながら、扇であおぐのだった。

20210605恋戦記ワンドロお題【水も滴る】
Index Menu ←Back Next→