共に歩む

仲花34

羽織を脱ぐと部屋の中を見る。
大きな寝台に、赤を基調とした部屋は、記憶に残る現代日本の花の部屋とは当然ながら異なり、本当に別世界に来たのだと改めて思う。
学校の図書館で調べものをしていて、突然本の中に吸い込まれて。
気づけば森の中にいて、遭遇した猪に襲われた所を玄徳に助けられた。
その時から始まった異世界生活は、けれども本の空白をすべて埋めても帰ることを望まなかった花はこの世界に残った。
後悔がないと言えば嘘になるだろう。
だって元の世界には両親や弟、友達もいるのだから。
それでも、あのまま戻ってしまったらもう二度と会えないだろうと、そう思った瞬間、花が選んだのは仲謀の隣だった。

あれから仲謀に連れられ、彼の花嫁となり、公私共に支え合う関係となった。
本は消えてしまったから、以前のように軍師としては役にたてないが、それでも若くして孫家を継いだ仲謀を支えることは出来ると自分を奮い立たせていた。
それでもやはり花は異邦人だと痛感することも少なくなく、今日もやらかしてしまい気が沈んでいた。

「仲謀や子敬さんがフォローしてくれたから何とか誤魔化せたけど、もっと勉強しないとなぁ」

若い当主に元敵軍の使者だった嫁とあってはやはり面白くない者もいて、彼らが戯れに仕掛けてくる言葉遊びのような孫家奥方実力テストもどきに苦戦させられることもあり、今日はそれをうまくしのぐことが出来なかったのだった。

「……うん、くよくよするのは終わり。今度子敬さんに資料貸してもらおっと」

パッと頭を切り替えた瞬間、ドアの向こうから声をかけられて、運ばれてきた食事に思わず声をこぼす。

「これ、私が好きなやつだ」
「こちらは仲謀様のご指示がありましてご用意致しました」
「仲謀が?」

侍女の言葉に目を丸くすると、部屋に仲謀が戻ってくる。
お疲れ様と労うと、温かいうちに飯を食おうぜと促されて席についた。
皿に取り分けられた料理を口にすると、知らず頬が緩んでいたようで、苦笑した仲謀にその事を指摘されて赤くなる。

「だって、これ好きなんだもん」
「本当に分かりやすい奴だよな」
「……ありがとう。仲謀なんでしょ? これを今夜の夕餉にって指示してくれたの」
「飯ぐらいで気分が上向くなら上々だからな。まあ、あれは結構難しいとこを狙って相手もついてきたんだ。あんま気にするなよ」
「うん、次はしっかり返せるようにするね」

足りないなら補えばいいのだと闘志を燃やす花に、仲謀がわずかに安堵の息を漏らしたのを見逃さなかった。
まだ花が玄徳軍の使者だった頃も仲謀はこうして気遣ってくれていた。
横暴な物言いや振る舞いに、始めの頃は気づかずムッとしたこともあったが、優しい人だと分かってからは、その言葉に隠れた真意に気づけるようになっていた。
だからその優しさにただ甘えていたくはなく、精進を心に誓う。
だって花とて仲謀を支えるのだと、孫家の墓で誓ったのだから。

「仲謀」
「あ?」
「ありがとうね。私、仲謀と会えて本当に良かった」
「……何だよ。ずいぶんしおらしいじゃねえか。これなら毎日あいつらの相手させた方がいいんじゃねえか?」
「そういうところが余計なんだって」

だから素直に好きだと口に出来ないのだと心の奥で呟くと、何だよと仲謀が見る。
自分ばかりだと仲謀は言うけれど、花だって言いたいと思うことはあるのだ。
それでも、今のように茶化すからどうしても口にすることが少ないだけだった。
だから――。

「はい」
「な、なんだよ」
「新婚と言ったらこれかなと思って」

花がしているのは『あーん』。
則ち、己の箸で相手に食べさせるというものだったが、どうやらこの世界にはないことらしい。

「え~と、私のいたところではこうやってお互い食べさせ合うのが仲の良い夫婦や恋人で、それでやってみたんだけど……」

怪訝な顔で見られて説明するも、余計に恥ずかしくなってしまい「知らないならやめよう」と手を引こうとするも。
パクっ。

「……!」
「……何だよ。こうするもんじゃないのかよ」
「そ、そうなんだけど」

箸越しに伝わった振動と、間近に迫った顔に一気に頭に血がのぼると、今度は箸が付き出されて。

「ほら、お前も食べろよ。これ好きだろ?」
「い、いいよ。私は」
「お前が言い出したんだろ。それとも俺様のは食べれないって言うのかよ?」

ジャイアン論理を持ち出されては分が悪く、花は目を泳がせながら差し出されたおかずを食むのだった。
もちろん味などわかるはずもなかった。

20200320恋戦記ワンドロ作品【三国恋戦記】
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