「はあぁぁ~……」
湯に身体を沈めると、心地よさに声がこぼれる。
ここのところずっと政務に追われていた仲謀を気遣い、温泉に行ったらどうかという子敬の案にのったのは花のため。
以前来た時も、尚香達が出た後も一人残るほど温泉が好きらしく、何だかんだと前回はゆっくりさせてやれなかったために再び足を運んだのだった。
「まさか今日はいねえよな」
「……ごめん」
「……!? お、前なぁ! 前に散々注意したのに何聞いてやがったんだよ?」
「だって、温泉久しぶりだったからつい長湯しちゃってたら仲謀が入ってくるから……」
「先に湯を譲ってやっただろうが。文句言われる筋合いはねえ」
「う、うん。それはそうなんだけど……」
またも鉢合わせた花に小言を落とすも、裸の彼女を前にしては動揺を隠せず、つい背を向けてからはたと思い直す。
(別にもう婚儀も済んだんだから、見ても構わないんじゃないか?)
以前は婚儀前ということもあり、花の要望を叶えてやったが、正式に夫婦となった今は何の問題もないはず。
そう思い、振り返ろうとすると悲鳴と共に湯をかけられ、ポタポタとしたたる髪をかきあげて、苛立たしげに花を睨む。
「お前なぁ! 夫に対してなんだよ、この仕打ちは!」
「だ、だって、仲謀が振り返るから」
「見たってもう構わないだろ。正式に夫婦になったんだからな」
「そ、それはそう、なんだけど……」
ざぶんと身を湯に沈めて恥ずかしがる花に、怒りを滲ませながら近寄ると、湯に身体を沈めて背を合わせる。
「仲謀?」
「これで文句ないんだろ。別にこんなところで襲うつもりもねえからな」
「……ありがとう。ごめん」
身を強張らせていた花が力を抜くのを感じて空を見上げると、雲の合間から見える星の煌めきに気を緩める。
「こんなにゆっくりするのも久しぶりだな」
「仲謀、ずっと忙しかったものね」
「ほったらかしで悪かったな」
「私は大丈夫だよ。大喬さん達に構ってもらってたから。でも、仲謀のことはちょっと心配だったから、子敬さんに相談したら温泉はどうかって」
それで子敬が急に温泉を勧めてきたのかと、互いに相手を労っていたことを知って仲謀が笑う。
「おかげで久しぶりにゆっくり出来た。お前とも予定以外の話が出来てるしな」
「そうだね」
「文句はないのかよ? またほったらかしにしたことに」
「だって、仲謀は皆のために頑張ってるんだもん。文句なんてないよ。ただ一人でいっぱい抱えてるのが心配だったから」
構われないことに腹を立てるのではなく、ただ仲謀を気遣う花の優しさに、また甘えてばかりなのだと苦い思いを抱くと、改めて彼女を幸せにすることを心に誓う。
「ここ最近何があったか聞かせてくれよ。お前が何に興味引かれたのか知りたい」
「くだらないことしかないよ? 大喬さん達と街に行った時に美味しいお菓子を見つけたとか」
「あんまり食い過ぎると太るぞ?」
「……一言余計だよ」
唇を尖らせふてくされる花に笑って、自然と肩の力が抜けているのを感じて寄りかかる。
「仲謀、重い……」
「お前が側にいて良かった」
「え?」
沈む~と叫んでいた花が振り返ると、柔らかに微笑む仲謀が目に入る。
「つい突っ走っちまういそうになっても一人じゃないんだって、お前を見ると冷静になれる。一人で孫家を支えることなんてないんだよな」
父と兄を早くに亡くし、中原の覇者として呉を守らなければならず、未熟さを知りながら進むしかなかった昔と違い、今は傍らにいる花が共に背負おうとしてくれるから、仲謀は冷静になることが出来た。
「当たり前だよ。子敬さんだって、尚香さん達に武将さん達も皆仲謀を支えたいって思ってる。もちろん私も……だから、一人で頑張らないでいいんだよ」
「ああ」
素直に頷くとぎゅっと抱きつかれて、その感触に一気に体温が上昇する。
「ば……っ、お前、またそんな……」
「え? あ……きゃあああ!」
真っ赤な顔の仲謀に、自分達の格好を思い出した花が慌ててその胸を押す。
滑る足元。傾ぐ身体。
ばしゃーん!と大きな水音としぶきが上がって、花が仲謀に雷を落とされたのはこの後すぐのことだった。
「あ~あ。またダメだったみたい」
「仲謀って押しが弱いよね~」
「大喬殿、小喬殿。見つかったらまた兄上に怒られますよ」
「だってさ~こんなに据え膳してあげてるのに、ねえ子敬?」
「ふぉふぉふぉ」
仲睦まじい当主夫婦を後押しする野次馬達は、相変わらずの二人にため息を漏らすと、そっとその場を離れたのだった。
20181215恋戦記ワンドロ作品【温泉】