バレンタイン騒動

仲花24

「はあ? 玄徳軍に帰りたい?」

どうしても今日は早く帰ってきてほしいというから、期待しながら執務を終わらせると、開口一番花が言ったのは「玄徳軍に少しの間帰ってもいいか」というものだった。
確かに玄徳の元は、花にとっては実家のようなもの。
だが正式に仲謀と婚姻を結んだ花は、今や孫家に連なるもの。
当然了承などできるはずもなかった。

「言えよ。いったい何が不満なんだよ」
「不満とかじゃなくて、どうしても雲長さんに会いたいの!」
「な……っ!」

問い詰めると思いがけない名に激しく動揺する。

「……俺様というものがありながら他の男に会いたいなんて、ずいぶんな言い草だな」

「他の男って雲長さんだよ?」

「雲長だろうが俺様以外はみんな他の男だろうが!」

頭に血がのぼるのがわかったが、止められるはずもなく、花を壁へと追いやった。


「仲謀?」

「お前は誰の女か、わからせてやろうか?」

「何言ってるの? そんなの、仲謀が一番よくわかってるじゃない」

「お前がちっともわかってないんだろうが!」

「そんなわけないよ」

「だったら! どうして玄徳軍に帰るなんて言い出すんだよ!」

当主の嫁が里帰りなど当然許されるはずもない。
なのにあまりにも無邪気にそれを要求する花に、仲謀は自分はそんなにも頼りないのかと怒りと悲しみが沸き上がる。


「だから、もうすぐバレンタインだから、クッキーの焼き方を教わりたいんだよ」
「………は? ばれん……たいん?」
「うん」

耳慣れない名称に気が削がれると、花が事の次第を説明する。
聞き終えた仲謀は、がくりと肩を落とした。

「……お前なあ! 紛らわしい言い方するんじゃねえよ! 俺様の寿命が縮んだじゃねえか!!」
「仲謀が勝手に誤解したんじゃない」
「誤解させるような言い方したんだろうが!」

怒鳴れば納得できないと頬を膨らませる花に、怒ってるのはこっちなんだと憤る。
花が玄徳軍に帰りたいと言い出した理由……それは、花のいた国の習慣であるバレンタインのクッキーを焼くのを、料理上手な雲長から教わりたいというものだった。

「そんなの、ここでもできるだろ!」
「簡単にいうけど、勝手の違うもので作るのなんて難しいんだからね!」

便利なオーブンなど当然この時代にあるはずもなく、クッキーを焼こうと試みたがあっという間に消し炭になってしまった。
だから、料理上手な雲長なら花の説明でも作れるのではないかと思い、玄徳軍への里帰りを思いついたのだった。

「とにかく、玄徳軍に帰るのはダメだ。料理長には俺から言っとくから、ちゃんと説明して協力してもらえ」
「……どうしても?」
「どうしてもだ!」

訴えを全面却下すればしゅんとしょげ返る姿に良心が痛んだ仲謀は、深く息を吐くとガシガシと頭をかく。

「……バレンタインが好きなやつに菓子を贈る日だってのはわかった。だが、それはお前が言うやつじゃないとダメなのかよ?」

「ダメってことはないけど、私がここで作れそうなのなんてクッキーしか思い浮かばないんだもん」

料理は授業でやるぐらいしか経験がなく、だからこの世界でも可能な菓子など思い浮かぶはずもなく、悩んだ末にこれならと思いついたのがクッキーだった。それに――。

「クッキーならハート形も作れるかなって思ったんだ」

「ハート形?」

「今まで男の子にハート形のはあげたことがなかったから、どうしても仲謀に食べてほしかったの」

バレンタインにハート形といえば、本命以外の何物でもなく、今まで恋愛経験のない花は友チョコや家族に向けたものしかあげたことがなかった。


「手紙じゃダメか?」

「うーん……こっちの文字はまだ不慣れだからなぁ」

「……はあ。――わかった。雲長をここに呼べばいいんだろ」

「え? なんで雲長さんを?」

「お前を帰らすわけにはいかないんだから、雲長を来させるしかないだろうが」

「でも、こんなことで雲長さんを呼ぶなんて申し訳ないよ」

「【こんなこと】で里帰りしようとしてたやつが言うんじゃねえ」

「う……」

仲謀の嫌味に口ごもると、分が悪いと諦めた花は仲謀の案を飲む。
果たして――玄徳軍の使者という名目でやってきた雲長は、事の成り行きを聞くや眉をしかめ……しかし、花の願いを叶えてくれたのだった。

2017/02/13
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