「「とりっくおあとりーと!」」
慌ただしい足音と共に開け放たれた扉に、仲謀は舌打ちすると大小姉妹を睨む。
「大小、お前らの遊びに付き合ってる暇はないんだよ!」
「省略しないでよ。失礼しちゃうよねー」
「ねー」
仲謀の怒りをものともしない姉妹に、仲謀がぴくりとこめかみを震わせる。
「ふぉっふぉっふぉ。大喬殿、小喬殿。尚香様のところに菓子が用意されておりますので、そちらに行かれてはどうですかな?」
「それは行かなくちゃ! ねえ、お姉ちゃん」
「ケチの仲謀はお菓子持ってないものねー」
「誰がケチだ!」
「わー! 仲謀が怒ったー!」
きゃっきゃっと賑やかに騒ぐだけ騒いで去っていった姉妹に、仲謀は深い溜息を吐くと、前髪を掻き上げた。
「すっかり【ハロウィン】とかいうのが浸透したな」
「女性は甘いものを好まれますし、特に大喬殿小喬殿は楽しいことに目がありませんからな」
ハロウィンは花が二人に教えたもので、今では城全体で楽しまれていた。
思い思いの衣を纏い、甘い菓子を食すこの行事は、確かに女性の心を揺さぶるのだろう。
女官たちもどこか華やいでいるから、仲謀は特にこのことに口をはさみはしなかった。
それに昨日から城に漂う甘い香りは、花が特製菓子を焼いている故。
異なる世界からやってきた花は、仲謀の知らない不可思議な形で作るので、ひそかに楽しみにもなっていた。
「書類もひと段落着きましたし、少し休憩をとりますかな」
「そうだな」
「では、私は尚香様達のところへ行ってきます」
自身が甘いものが好きとあって子敬の選ぶ甘味は評判がよく、この日のために仕入れていた菓子を取りに出て行った子敬に、仲謀は執務で凝り固まった肩をほぐすように腕を上へと伸ばす。
と、トントンと控えめなノックに扉を見た。
「誰だ?」
「私だよ。子敬さんから休憩中だって教えてもらったんだけど、今大丈夫?」
「ああ。入れよ」
「お邪魔します」
入室を許可すれば、ガチャリと開かれた扉に、しかしぎょっと仲謀は目を剥いた。
「な……っ!」
入ってきたのはシーツ。正確にはシーツを被った花。
「お前、なんて格好してるんだよ!」
「ハロウィンの仮装でおばけのつもりなんだけど変かな?」
「変かなって、おかしくないわけないだろ!?」
自分では渾身の仮装だったらしく、うーんと首を傾げる姿を見て脱力する。
仮装をするものだとは聞いていたが、なぜそんなものを選んだのだろう。
色気のなさが花らしいといえばらしいが、一瞬期待した自分が無性に腹立たしく、つい言葉が険しくなった。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。仲謀、お化け苦手なの?」
「そういう問題じゃねえ! お前、女としての自覚ないのかよ!」
「なんで仮装に女の自覚が関係あるの?」
「そんな色気のないもの選ぶんじゃねえ!」
斜め方向の言葉に咎めれば、不満そうに突き出された唇に、これ以上は喧嘩になるかと仲謀は必死に気を鎮めると、花に向かって手を差し出した。
「とりっくおあとりーと、だったか? 菓子、よこせよ」
「はい」
花から手渡されたのは、彼女が扮装していたおばけの形。
「はーとじゃないのかよ」
「昨年と違うものがいいかと思ったんだけど、そんなにハート形が気に入ったの?」
「そういうんじゃなくて……ああ、もういい!」
ハートは自分だけの特別な形だと教えられていたから、今年もそうだと思っていたとは言いづらく、忌々し気におばけのクッキーを頬張った。
「じゃあ、他の人のところにも行ってくるね」
「待てよ。お前は聞かないのかよ」
「え? 仲謀、お菓子持ってるの?」
「持ってない。いいから言えよ」
菓子を持っていないのなら悪戯をされるだけなのに、頑なに決め文句を求めると、花が不思議そうに言われたとおりにする。
「Trick or Treat?」
「菓子がないなら、悪戯されるんだろ? しろよ」
「へ?」
悪戯など考えもしなかった花は、仲謀の思いがけない要求に茫然とする。
「悪戯って、何すればいいの?」
「悪戯するのはお前だろ? 俺様がいいって言ってるんだ、やってみせろよ」
俺様節に困ったように眉を下げると、だったらと首に手を伸ばす。
「……っ! 何すんだよ!」
「え? 仲謀、前に首に触られるのが苦手みたいだったから、悪戯にいいかなと思って」
安直に触れてくる花に、顔を真っ赤に染めた仲謀は、腕を取って壁際に追い込む。
「お前、男に触れたらどうなるか、全然わかってないだろ」
「仲謀?」
「無邪気なら何でも許されるとか思うなよ」
言うや身を屈めると、彼女の首先に唇を寄せて軽く食む。
「………!」
「懲りたなら俺を煽るなよ。いつも優しくしてやるとは限らないんだからな」
「~~~仲謀のエッチ!」
仲謀の反撃に、耳まで真っ赤に染まった花は突き飛ばすと、執務室を飛び出した。