油断大敵

鴎芽2

「では行こうか」
「はい!」

差し出された手をしっかり取ると、普段とは違う路地へ足を進める。
今日の探検は会合で居合わせた桃介さんから、たまに違う場所に行くのも新しい発見があって楽しいものだと聞いたからで、好奇心旺盛な鴎外さんが私を誘って連れてきてくれたのだった。

「こんな所にもお店があるんですね」
「僕もこの辺りは初めてだが、実に興味深い。岩崎くんの言う通り、自分の足で新しいものを見つけるのは楽しいものだね、子リスちゃん」
「そうですね」

楽しそうな鴎外さんに頷くと、改めて路地裏に並ぶ店を見る。
特段怪しい物が売られているというわけでもなく、可愛い小物の店などもあり楽しく、ふと碁盤の目のように道が入り組んでいた京都の町を思い出した。

「どうしたんだい? 何か欲しいものでもあったのかい?」
「いえ、京都にもここのように入り組んだ道があったなって思っただけです」
「ほお、子リスちゃんは京都に行ったことがあるのかい?」
「……たぶん?」

過去の記憶を大分失っているため、いつ行ったかを問われるとつい返答が曖昧になってしまう。

「お前は実に興味深いね。赤子のように無垢な反応をみせたり、かと思えば今のように博識さを感じさせもする。本当にどこから来たのか……」

独り言のような鴎外さんの呟きは彼の考える時の癖らしい。
赤子のようなのも博識に見えるのも現代からタイムスリップしたからで、けれどもそんなことを説明するわけにもいかず、結果笑って誤魔化すことになってしまう。

(嘘を言うのも心苦しいけど……)

それでも、現代から来ただなんてやはり頭がおかしいと思われるのが関の山だというのはさすがの芽衣にも分かって口をつぐむ。

「あ、鴎外さん。ほら、見てください! あそこのお店の黒猫、春草さんの絵に似てませんか?」

話をそらすように目についた店先の品を指さし、歩き出した瞬間「芽衣!」と強く手を引かれて。
一瞬後には広い胸の中に包まれていて、そのぬくもりに抱きしめられている現状を把握した。

「お、鴎外さん……っ」
「まったく……お前は本当に目を離せないね。まあ、離すつもりもないのだが」

鴎外さんの背後からガラガラと車輪が擦れる音が遠のいていって、俥に気づいていなかった自分を彼が助けてくれたのだと気がついた。

「ありがとうございました。回りを見てなくてごめんなさい」
「おやおや、殊勝だね。さては春草にでも叱られたかな?」
「うっ。……はい」

鋭く見抜かれ肩をすくめると、抱き寄せる腕の力が強まって、その顔を見上げるとシャンパンゴールドの瞳にとらわれる。

「僕といる時は構わないが、他では気を緩めすぎてはいけないよ。そうでないと……」

近づく顔に、触れた唇。
やわらかく食まれて、その感触にぞくりと身を震わせる。

「このようにお前に触れられては困るからね」
「ん……っ」

こんなふうに触れられるのは鴎外さんだけだと、そう言いたいのに口づけがそれを許してはくれず、彼の着物の胸元をぎゅっと握る。

「――わかったかい?」

頷く間さえ与えてくれない鴎外さんにされるがまま、人気のない路地での口づけはしばらく続いた。
20191129
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