欲し望む

アサプラ3

「ぷ、ライド、様っ!?」

手を取ると、それだけで肩を大きく上下させたアーサーに、きゅっと握る手に力を込める。
彼が王族に緊張してしまうのは当たり前なのだろう。
それでも、正式に婚約者になってもこうなのはーーかなり寂しい。

「アーサーは私に触れられるのは嫌?」
「そんなわけ……ない、です……っ」

そう言いながらも彼の身体は強張ったままで、やはりラスボス感満載の吊り上がった瞳は威圧感を与えるのだろうと肩が落ちる。
ティアラの半分でも可愛らしかったらと思うと瞼が熱くなってきて、瞳が潤むのを隠すように俯いた。

「……プライド様?」

気遣う色が加わった声音に、けれども今は顔を上げられそうにない。
だってきっと、ひどい顔をしてる。
好きな人に怖がられるなんてやっぱりショックで、彼を選んでしまったことが申し訳なくて涙が込み上げそうになる。
ティアラはセドリックを選んだから、もうアーサールートは叶わないだろう。
ならばと私が選んで良かったと言うわけでもないと、今更ながらに自責の念が押し寄せた。

「……ごめんなさい」

あなたを選んでしまって。
以前、候補から外さないで欲しいとは言われたが、それは第一王女の婚約者候補を辞退するなんて出来なかっただけなのだろう。
でも、私はーー。
ゆっくり手の鎧を外すと、指を滑らせてそのつけねに唇を寄せる。

「ぷ、ライド、様……っ!?」

どくりと、血流が大きく波打つのが唇越しに伝わった。
ーーキスをする場所には意味がある。
額ならば〝祝福〟。
手の甲ならば〝敬愛〟。
そして手首はーー〝欲望〟。
かつてアーサーはステイルと共に、私の手首に〝誓い〟をくれた。
誰よりも強くて弱い今の私を欲すると。
だから今度は私が彼に伝える。
ーーあなたが欲しいと。
触れるだけのキスをもう一度、今度は少し食むように触れる。
震える指先に力を入れて、己を鼓舞してどうかと願いをこめる。
どうしても彼以外を選べなかったから。
だからどうか、私をーー。

「…………っ!」

空いていた左手が腰に回って、強く彼の胸に抱き寄せられる。
その動きで唇が離れてしまい、やはり私からの誓いなど嫌だったのかと、今度こそ堪えきれずに涙がこぼれ落ちーーかけて。

「ーー意味、分かってますよね」

固い声の問いに小さく頷き、謝ろうとした瞬間、顔が持ち上げられて、視界が銀色に染まった。
遅れて感じた唇の熱。
自分のそれに重ね合わされているのがアーサーの唇だと、そう分かった瞬間、全身が沸騰する。

「何でそんな泣きそうな顔してンすか」
「だっ……て」
「ごめんなさいってどういう意味っすか?」
「……あなたを……選んでしまって」
「俺を選んだこと、後悔してるンですか?」
「……っ、そんなことないわ!」

それだけは誤解されたくないとはっきり首を振ると、はあぁ~と脱力した彼に混乱する。

「欲してくれる、ンですよね」
「……っ」

抱き寄せられた拍子に外れた手を逆に捕らえられて、掲げられて。
恥ずかしさに目をそらそうとした瞬間、食むように唇が降る。

「俺はずっとあなたを欲します。これからもそれは変わりません」
「……っ、…………はっ、い……」
「ーーでも」

反らされていた手首を降ろされ、彼が小首を傾げるように屈んでーー。
濡れた首筋の感触に、バクリと心臓が大きく波打つ。
首へのキスは手首よりももっと強いーー〝執着〟の誓い。
手首が相手を欲すものなら、首は相手の全てへの執着。
さらに降りてきた唇に柔く鎖骨を食まれて、そこもなのかと頭が沸騰する。
鎖骨のキスは〝欲求〟。
手首に比べて容易に触れられない首や鎖骨は、性的な意味を強く含む。
先刻、意味を問うたアーサーの青の瞳の強さを思い出して、膝が震えてふらついた。
がっしりと腰に回された腕が崩れ落ちるのを防いでくれるが、代わりにさらに強く抱きしめられて、彼の胸が壊れんばかりに早鐘を打ってることを知る。

「その、プライド様が選んでくれたのが俺だって、実感なくて。だって、カラム隊長の方が優しくてかっこいいし、ステイルだって頭がよくて、昔からずっとあなたを守ってーー」
「アーサー」

すらすらと候補者だった二人を誉めるアーサーを見上げると、その頬に手を伸ばして、びくりと上下した肩に視線を向けてくれた彼をまっすぐ見つめる。

「アーサーがいいの。誰よりも優しくて、かっこよくて、私の自慢のーー特別な騎士」

触れることをあなたが許してくれるなら。
あなたが私を求めてくれるなら。

「私は、アーサーが欲しいわ」

守ってくれるのは嬉しい。
けれども、それだけではもう満足出来ないから。
触れて欲しい。
求めて欲しい。
あなたの全てが欲しいから。
バクバクと内側の音しか聞こえなくて、顔が真っ赤になってるだろうと思うと逃げたくて仕方ない。
じわりと触れた指先が湿っているのを感じて外そうとして、ぐんと視界が突然高くなったのに驚き、反射的に彼の首へと腕を伸ばす。

「アーサー?」
「ーーもう逃がしませんから」

お姫様抱っこをされて連れていかれるのは、未だ二人で使ったことのないーーベッド。

「あなたは俺のなんで、誰にも渡さないっす」

青く澄んだ瞳に宿る欲望の色に、こくりと喉が鳴った。

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20201231
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