不測の事態?

アサプラ2

ピチャ……ン。
静まり返った浴室内に、水滴が落ちた音が響く。
けれども自分の鼓動の方に気が取られている二人は全く気づかなかった。
それほどまで自身の鼓動は激しく、心臓が壊れそうなほどだった。
事の起こりは三十分前。
出先で突然雨に降られた二人は、幸いにも屋敷の近くだったため、急ぎ避難することが出来た。
だがあまりにも雨の勢いが強く、ほんの数分程度でもすっかり濡れねずみとなってしまった。
使用人達が慌てて風呂を沸かしてくれたが、そこで問題になったのが入る順番。
城ならば個別に浴室もあったが、視察で訪れていた屋敷ではただ一つ。
迷わずアーサーはプライドに先に入るようにと勧めたが、彼だって同じように全身濡れていたため、アーサーが先にと頷いてはくれなくて、しばらく問答を繰り返すうちにプライドがくしゃみをしたことから、急ぎ浴槽に飛び込むこととなったーー二人一緒に。
もちろんこの事態にアーサーがすんなり同意するはずもない。
いくら王配になったとはいえ、こうしたことへの免疫がまるでなく、未だにプライドに触れられるだけで緊張するぐらいなのだ。
けれどもプライドに先にと勧めても素直に頷いてはくれず、これ以上問答を続ければ彼女が風邪をひいてしまうと、それこそ苦渋の決断だった。
濡れて張りついた衣服を脱いでいる間も、相手の衣ずれの音に鼓動が荒れ狂う。
やっぱりダメだと覆したくなるのを必死に堪えて浴室に入ると、互いに背を向け反対側に視線をやりながら、ブリキとなった身体をぎこちなく湯に沈めた。
程よい温度の湯に身体が温まるーー前に体温が跳ね上がる。
発熱したかのような熱気に浴室内の気温が急上昇するのも気づかないぐらい、二人は自分のことでいっぱいいっぱいだった。
ほんの少し動いただけで揺れてしまう水面に肩が大きく上下する。
後ろには隠すものなく肌をさらしている相手がいると思うと目眩さえする。

「あ、あの……!」
「っ、は……はいっ」

アーサーの上擦った声に、プライドの声も上擦ると、思いがけず声が大きくなって浴室に響いて、それが現状を思い出させて言葉が消える。
ぐるぐると忙しく巡る思考は空回るばかりで、ああああぁ~!と胸の内で呻きながら頭を抱えると、波立った水面にプライドが肩を跳ねさせる。

「あ、すみません!」
「う、ううん。その、アーサーは……大丈夫?」

問いにどう答えるのが正解か。
そもそも何が大丈夫なのか。
身体が冷えなかったかならば、むしろ暑いぐらいだし、この状況のことならとても大丈夫とは言い難い。
けれどもそのまま伝えて嫌なのだと誤解されたらと思うと、どう伝えるべきかぐるぐる思考が空回る。

「やっぱり一人でしっかり温まらないとダメよね。私は先に出るから、アーサーはゆっくり温まって……」
「大、丈夫です。プライド様こそ温まって下さい」
「でも……」
「俺がいると温まりませんか?」

そうなら出ますと伝えると、ブンブン首が横に触れる。
それを横目で見ると、反動でプライドの結い上げた髪からはらりと後れ毛がこぼれ落ちて、そのあまりの艶かしさに一気に茹で上がった。

「……えっ、アーサー!?」

全身これ以上なく赤く染まったアーサーから発する熱に気づいたのか、振り返ったプライドが目を見開いて慌てる。
だが、彼女が向き直ったことで豊かな膨らみまでが視界に飛び込んできて、ふらりと意識が遠退いた。

「やだ……っ、もしかして熱が……?」

ーー違います、風邪で熱が出たわけじゃありません。
慌てるプライドにそう答えたいのに、声を発することも出来ず固まる。
そんなアーサーの状況に気づかず、額や頬に手を伸ばすプライドに熱は上がるばかりで。

「誰か……、ちょっと待ってて!」

そう言って立ち上がろうとしたプライドに手を伸ばすと、ギュッと後ろから抱きしめた。

「……大、丈夫、です」
「でもこんなに熱いわ」

ーーそれはプライド様のせいです。
この上、万が一にも彼女の全てを見てしまったらと、意識が遠退きながらも立ち上がって露になるのを瞬時に防いだ己を褒めたい。
だがこの行動によって彼女の柔肌に直に触れてしまったことをアーサーが自覚した瞬間、浴槽に沈んだのは言うまでもない。

→プライド視点
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