不測の事態?

アサプラ2

温かなお湯に浸かりながら、プライドは今更ながら動揺していた。
突然の雨に濡れねずみになり、急ぎ風呂に駆け込んだ。
けれどもそこではたと気づいた。
濡れねずみになったのは自分だけでないと。
そして城と違い、ここには風呂は一つしかないのだと。
真冬とまではいかないまでも気温は低く、ましてや濡れた状態ではあっという間に体温を奪われてしまう。
これ程濡れてしまっていては、拭って着替えるだけでは不十分で、今すぐ身体を温めなければ風邪をひいてしまうだろう。
そう思い至れば、お先にどうぞとアーサーに勧められても頷くわけにはいかない。
いくら屈強の騎士とはいえ、病を癒す力があるとはいっても寒いものは寒い。
だから意を決してアーサーも、と裾を引く。
「は、え、ええっ!?」と目を剥く様子は、女がはしたないと呆れられたのかもしれない。
それでもアーサーに寒い思いなどさせたくなくて、自分は大丈夫だからと遠慮する彼に、頑として首を縦に振らずにいたらくしゃみが出て。
瞬間、アーサーが顔色を変えるとプルプルと震えながら、「入ります……」と小さく同意してくれた。
未婚の侍女達にアーサーと共に着替えを頼むわけにもいかず、肌に張りついた衣服に苦戦していると、気づいた彼が「手伝いますか……?」と躊躇いながら聞いてくれる。
後ろのホックは自分では難しかったから素直にお願いすると、息を止めた音に「アーサー?」と振り返ろうとして、「い、いえ!」とようやく背に手が伸びた。
たどたどしい手つきに、やはり身体が冷えてしまったのかと心配になる。
「あっ」と小さな声とわずかに髪が引かれる感触に、ああと両手で髪を掻き上げた。

「これなら大丈夫かしら?」

ホックに髪が引っかかるのを防ぐように押さえると、しばらくの沈黙の後に「は、い……」とか細い同意があって、震える指がホックを外す。
髪を結わかないとと思うも、いつもは侍女にやってもらっているため纏められず困っていると、戸惑いに気づいたのだろうアーサーが「俺が結わきますか?」と聞いてくれた。
彼自身、髪が長いので結びなれてるのだろう。
言葉に甘えてお願いすると、引っかけないようにと、慎重に髪を持ち、優しく結わいてくれる手つきにふふっと微笑むと、びくりとアーサーが肩を上下させた。

「あ、違うの。アーサーがすごく優しく触れてくれるから」

そう言えば後ろからすごい熱気を感じて、振り返ったらアーサーが真っ赤な顔を横にそらしていた。
やはり侍女のような真似事をさせて怒らせてしまったらしい。
ごめんなさいと謝ると、「いえ……ホック外れた、ので……先に入っていてください」と促されて、重いドレスを脱ぐ。

「アーサーも絶対入ってね」

タオルを巻き付けそう呟くと、頷く気配に約束よ、と念押して先に浴室へと足を踏み入れた。
前世と違い、この世界では洋風のバスタブのため、先に身体を洗うことは叶わない。
なので元日本人としては躊躇いながら、タオルを傍らにかけて浴槽に入ると、ほわりと温かなお湯に身体が解れる。
やはりかなり身体が冷えてしまっていたらしい。
アーサーも早く温まってもらわなきゃと声をかけようとしたところで、「……入っていいすか」と戸惑いながら尋ねられたので、「もちろんよ」と一も二もなく頷いた。
けれども、おずおずと浴室へ彼が入ってきた瞬間、ぼんっ!と爆発した。
反射的に後ろを向くと「プライド様?」と躊躇う声がして、何でもないのと彼を促す。
まるで全力疾走した直後のようにバクバクと早鐘を打ち続ける鼓動が彼に伝わってしまわないかとギュッと胸を押さえる。

ーー私は何てことを提案してしまったのだろう!

三人の婚約者候補から一人に確定して、アーサーが王配になって。
けれども一度もまだ肌を合わせるような行為はしたことがなかった。
だから当然彼の裸なんて見たことはなく、勝手に脳内再生される姿にますます熱が上がる。
自分と同じように髪を纏めて結い上げたアーサーは、タオルを腰に巻き付けただけで、初めて見る素肌は筋肉が程よくついていて、男の人だった。
そうーー男の人。
男の人と今、互いに羽織るものなく浴槽へ身を沈めているのだと理解して、あああぁぁ~!と頭を抱える。
身体が冷えてしまってはいけないと、それだけしか考えていなかった自分はなんと愚かしいのだろう。
これではまるで誘っているようーーと考えて、ブルブルと首を振る。

「ち、違うのっ! その、そんなつもりじゃ……っ」
「ぷ、プライド様っ!?」

混乱する私に、背を向けていたアーサーが振り返ろうとするのを、ダメ!と慌てて制止する。
「何でもないの!」と頭が取れんばかりに横に振ると、「は、い」と引いてくれたのに安堵して脱力する。
とにもかくにも、もう二人でお風呂に入ってしまったのだ。
今さら出ていくわけにはいかないし、先程の問答を思い出してもまた同じことが繰り返されるだけだろう。

「あ、あの……!」
「っ、は……はいっ」

声を上擦らせると、バチャリと波立った水面に肩が跳ね上がる。
「すみません」と謝られて大丈夫か問うと、返る沈黙にやはり背丈のあるアーサーには足も伸ばせないこの状況では温まらないのだと、譲ろうと立ち上がろうとして。
後ろから抱き寄せられて、絡んだ腕の強さに心臓がーー止まる。
途端にアーサーの身体がものすごい熱を発して、やはり風邪をひいてしまったのかと心配するも「大、丈夫、です」と腕を緩めてはくれなくて。
しばらくして、突然浴槽に沈んだアーサーを引き上げながら、慌てて侍女達を呼んだのだった。

→事態後の二人
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